第24話 魔王討伐作戦




       ◇ ◇ ◇




 冒険者やギルドのエージェント約150名でまとまる集団三つで、この魔王討伐作戦は始まる。

 三つに分かれる討伐隊には、それぞれ名前が与えられていた。


 ギルドのお偉いさんから名前をとった、アリーゼ隊、デカルト隊、ベルニ隊となる。

 俺達はデカルト隊所属となった。

 このデカルト隊の頭は、レベル110の戦士のおっさんが務める。


 それで第一作戦である教会や聖なる祠の奪還は、予定では五箇所。

 その内三箇所を、各討伐隊で攻め落とす。


 初の大規模集団戦に戸惑いはあったが、さすがはレベル99以上の集団である。

 モンスターとの戦いは臨機応変お手の物。

 レベル110の骸骨モンスター、スケルトンロイドが今までにないスキル攻撃なんかを仕掛けてきたが、なんなく対応、すべての敵の駆逐に成功する。


 戦いが終わる頃には、隊の中でのパーティ同士の連携や役割が自然と構築されていた。

 こうなるともう負ける気なんて微塵もなく、士気も高まり――いざ、次の戦地へっ、てな感じなんだけど、俺達は奪還した教会のある街で足止めを食らっていた。


 壊れた建物の柱を利用して、大きな布を張る簡易な陽射し除け。今はザアザアと雨が降るので雨除け。

 急ごしらえ、質素な駐屯所で晩の飯にありつく俺達。


「まったく、なんでとっとと進軍しねーんだって、やっかまれちまったよ。血の気が多い連中ばかりと言うか、頭張る以上、そういう小言は避けて通れねえと言うか」


 デカルト隊指揮官、マサさんが愚痴りながらに骨付き肉へむしゃりとかぶり付く。

 マサさんのパーティと俺のパーティは今後の予定について、上限突破者同士の会議も兼ねた食事をしていた。


「結果として、悪天候の中進むことにならずに済んだものの、折角高まった士気には水を差された形にはなりましたね」


 雨と掛けましてその心は、かどうかは分からないがカレンが言う。

 俺達がここに留まる理由は、天候でもなくギルドから三日ほど滞在するようにと通達があったからだ。

 魔王が教会を奪い返しに来る可能性を考慮し、様子を見るらしい。


「どうなんでしょう。ギルドの読み通りに魔王は教会を奪い返しに来るでしょうか」


 とアッキー。


「どうだろうな。根拠はないが、魔王たる者居城でどーんと構えとくもんじゃねえのか? と俺は思う。勇者が攻め入ったけど魔王留守でしたって話聞かねーし」


「あんちゃんの言うようにゲームだとそうだな。ま、俺も戦争を経験した世代じゃねえから、よく分からんが、大将ってのは最後の砦に居るってのが世の常だよな」


 がはは、と笑うマサさんも俺と同じく魔王が奪い返しに来るとは思っていなさそうだ。


「私達が徒党を組み反撃に出ることは魔王も考えていたことでしょうから、仮に奪い返しに来ないとなると余計に不気味には思えますね」


「カレンちゃんの言い分は最もだ。だからこそ城に篭もるんじゃねえかとおっちゃんは思うぜ。おめえらも戦い慣れた狩場とそうでない狩場だと全然勝手が違うだろ?」


 マサさんの言わんとすることは分かる。

 よく知る土地での戦いは地形を利用した戦闘が可能になるし、いざという時の待避所なんかもある。

 戦闘の有利さがある分、倍とまで言わないが、戦闘力がトータル的には向上する。

 逆に不慣れなバトルフィールドでは、トラップやら思わぬ状況に陥るなどして、普段の能力を発揮できないまま戦闘が終わることも多い。


「魔王としては下手に奪い返しに出向くより、今の状況になれば元から籠城の構えだったってことだろうな」


 とデカルト隊指揮官が言うので、魔王は来ないとの結論で話し合いは終わる。

 それで、雑談があれこれあちこちで行われるのであったが。

 しばしの時を経て気づけば俺は、隣に座るアッキーと話し込んでいた。


「つまり、この肉は草や石ころと同じってことなのか?」


「はい。純然なこの世界のものです」


 俺の言葉に、湿気なのか、赤毛をややクルクルさせる頭がしっかりと頷いてくれる。

 肉を口にしたついでに、前々から思っていた素朴な疑問を口にしたのが始まりだった。


 疑問は――なんで動物は教会送りになんねーんだろ、である。


 人間、ひいいては少し経緯が異なるがモンスターも転移後復活する。

 ただ、動物は教会送りになることはない。

 命を絶たれた体はしっかりと食料として存在する。


 それで、アッキーが言うには、俺達『外の人』並びに『地元の人』、そしてモンスターも元からこの世界に存在するものではないからだと説明された。

 元から世界とともにあるものは教会送りなり魔監獄送りになることもないそうだ。


「まあ、この世界のルールってことならそれでよし。逆にイノブタが教会送りにされると困るからな。神様には感謝ってことで」


 言って、俺は話を終わらせようとする。

 アッキーからは『ふえーる』のスキル珠貰ったし(ハートのレア型はもらえずお礼に普通の珠を貰った)なんか悪い気もするが、小さく神話ではどうのこうのが聞こえたので、これ以上深入りしてはならない。


 他にも、『外の人』に江戸時代の人がいないのもちょっと気になってたので、話題にしようと思っていたが……これは、ネタに困った時にしょう。

 いろんな時代からこっちへ来ている人が『外の人』であるが、俺の知る限りそう、何十年も開きがない――限定されたある一定の範囲の時代からなんだよなあ……。


「など、古代と呼べる時代には神の加護なるものもあったそうです。例の巫女サーシャさんも古代遺跡でもある神殿から出なければ、きっとモンスターから襲われることもなかったのかも知れません」


「ぬお、まだ話続いていたのね、アッキー」


 こうしてザアザアと降る雨の中、俺達魔王討伐作戦での初戦でもあった勝利の夜は宴もなく、ひっそり仲間達との談話で終わる。






 アリーゼ隊が最後の教会奪還に成功したとの知らせが届いたのが、ベネクトリアを経って10日目の昼過ぎだった。

 んで、その知らせを受けた俺達デカルト隊は今、300は優に超えるモンスターどもと交戦中だったりする。


「イッサっ」


「あいよ」


 カレンの呼び掛けに火炎魔法『ティラゴ』。


「風月改め、陽炎の一陣っ」


 全然陽炎には程遠い、火炎を纏う疾風の刃での攻撃だが、カレンがノリノリなのであえて何も言わないこれは、いろんな属性耐性を織り交ぜてくる敵と戦っていた時に偶然発見した、コンビネーションアタックである。


「イッサさん前出過ぎです」


「あ、はいはい、すぐ戻んます」


 ホイホイとアッキーの特性スキルの効力が及ぶ範囲へ。

 『健康第一』――アッキーのライフゲージが満タンだと側にいる者への被ダメージが軽減されるのだ。

 中身レベル40の俺には、ありがたい効果である。


「イササ上、気をつけるにゃー」


 先の方からルーヴァの忠告。

 空を見上げれば、ガーゴイルという翼を持つ半人半鳥のモンスター。

 俺達がこの作戦で相手にするモンスターは総じて高レベルなので、厄介なのは厄介なのであるが。


「うげ、やめてくれよ……」


 ガーゴイルどもが数体掛かりで、巨大な石人形を抱えている。

 なんと言うのか、向こうも指揮官のような存在がいて、普段のモンスターと違い、あの手この手で攻めて来やがる。

 弱点の属性で集団を組まなかったり、普段後衛職が相手にしないゴーレムを――、


 ズドンっ。


 このように上空から落として来やがったりしやがる。


「アッキー、一旦下がるぞっ。俺達じゃゴーレムは荷が重すぎるっ」


「でも下がったら、ルーヴァやカレンさんの回復が」


「ノープロブレム。早々に石の木偶は片付く」


 俺は視界の端に見た。

 着地時、巨大物が掘った地面の土が最女のお気に入りらしい衣服を汚していた。


 たまたしても、ズドン。


 しかしこの衝撃音は地面でなくゴーレムの腹に風穴が開いたもの。


「てめえ、石人形のくせに調子に乗ってんじゃねーぞ、ごら」


 ぽっかり空いた土手っ腹の後ろから両腕が差し込まれると、左右に開かれるそれによって、石の胴が割かれた。

 もぎ取られるデッカい腕、デッカい脚が、野球ボールでも投げたかの如く、凄まじい勢いで空飛ぶガーゴイルを襲った。

 蚊が落ちるようにして、半人半鳥がくるくる回りながら落ちてゆく。


 んで、まだ怒りが収まらないのか、ゴーレムの頭を掴み残った上体を武器にしてミロクはモンスターの集団へ分け入っていった。

 姿はとっくに見えないのだが、上空へ吹っ飛ぶモンスターや冒険者の様子から大方の位置は把握できた。


 レベル=ステータス値がモノを言うこの世界。

 物理法則とか、常識とか簡単に凌駕してしまう現実なのである。







 木陰の下、獣人と騎士と魔法使いが立ち話。

 モンスターとの戦闘は続いていたが、モンスターが後退を始めていたので俺達は戦いの中心から離脱、一足先に休憩を取っていた。


「いやや、ミロロが暴れるとルーヴァの立つ瀬がないでにょろ」


 拳を武器に戦う獣人は嘆く。


「あの驚異的物理攻撃力。ルーヴァだけでなく前衛職の誰もが立つ瀬がないですね」


 カレンもはあ、と溜息だった。


「比べる相手が悪い」


 技スキルなしでも同等の速さで動けるミロク。

 武器もなしに堅いゴーレムの腹を打ち破る破壊力。

 状態異常にもならず、食らうダメージは魔法属性のある攻撃だけ。


「あいつが魔王なんじゃねーか」


 そんな感想を吐いた時、ブン、と鼻先を大きな双刃の斧が掠めた。

 斧は俺の足元での土をエグる。


「ワリーな。散々獲物を振り回して、力が入んねーんだ。どっかの魔法使いが使う杖なんかと違って、くそ重てえからよこの斧は」


 そう言って戦士ライアスは俺とルーヴァの間を通り、どっこらせと樹の幹へ背を預けた。

 何食わぬ顔で、俺の嫌いな男がくつろぐ。

 同じデカルト隊である以上、顔を合わすことがあるとは思っていたが、俺が上限突破者と知られてからは向こうからちょくちょく挨拶をして来る。

 もちろん、お早うございますとか、こんにちはイッサさんとかの挨拶ではない。


「わんぱくライアスが、またイササにちょっかいかにゃ」


「別に、んなんじゃねーよ。たまたま俺が休もうとしたところに、無駄にレベル100のこいつが居ただけさ.それより、お前はこんな奴とパーティ組んでねえで、早く俺のパーティに来いよ」


「おにゃおにゃ、ルーヴァはルーヴァにメロメロなライアスからラブコールを受けたにゃ」


「だから、んなんじゃねーよ。同じクリアレスだからよ……。なことより、なあ、レベル100の魔法使いさんよお? テメエの中身自覚してっか? ホントはよえーなんちゃってくんがどうしてこの魔王討伐作戦に参加してんだよ、ああ? おまけにレベル100ってだけで幹部扱いだしよー、たまねえなー」


 やれやれ。

 イラッとくるが、俺は自分の苛立ちよりカレンが心配になった。

 カレンがライアスに物申さないよう、す、と彼女の前に出て壁になる。


「つまんねえ、男だな。こんだけ煽ってんのにダンマリかよ」


 フザケた顔で呆れたぜ、と言わんばかりのライアスにぽかりとゲンコツが落ちる。

 俺でもなくカレンでもなくルーヴァの拳だった。


「ルーヴァは強い男は好きだけど、つまらない男は嫌いだ。イササはルーヴァと同じライアスの気持ちを知っている。だから何も言わない。そう言えばイササは、ライアスがレベル99になったのを感心してた、にゃー」


 威圧的な目で、キッ、と睨むライアス。

 もちろんその相手はルーヴァではなく、俺。

 何か言うべきかなとも思ったけど、これと言って適当な言葉も思いつかないから、そのまま見つめ合うだけ。


 お互い妙な空気に対応できないでいると、助け舟だろうか、遠くからアッキーの声が聞こえてきた。


「ああ、イッサさーん、カレンさーん。隊長さんが上限突破者に集合を掛けているみたいですよ」


 一生懸命走る姿が良く似合う赤毛の少女のそれに、俺とカレンはルーヴァ――んでライアスを残し木陰を後にした。





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