第26話 ポーション



       ◇ ◇ ◇



 噂ってのはどこから湧いたなんて関係なく、広がるものである。


 ただ、あちこちで囁かれているのは、俺がどこか引っ掛かかったままの”魔王に殺されると完全に死ぬらしい”ではない。


 『魔王が本気を出せば、魔王城の不思議現象が城の外でも起こるらしい』。

 これがデカルト隊での今一番ホットなネタであった。


 まあ、この隊にはカレンや他にも魔王と戦って敗北した者がいて、その者達が存在しているのだから、完全な死の話が出まわっても信憑性には欠けるし、ベルニ隊が受けた被害状況なら不思議送り(教会へ送られない転移)の方が、有り得そうだもんな。


 現状、噂の内容は魔王の脅威としての認識を高めたものの、キョウカ女史が懸念していた討伐隊の士気への影響も微々たるもののようで、特に問題視されることもなく隊の討伐作戦は着々と進む。


 現在デカルト隊は、遠目に黒き魔王の城が見えるバル高地へその足を踏み入れていた。

 魔王討伐を掲げているので、幸いなのかそうでないのか悩むところだか、作戦が始まって二週間ちょい、デカルト隊が魔王と直接刃を交わすこともなく、俺やその仲間達が教会送りになることもなかった。


 んで、このバル高地まで攻め入ることができた俺達はこのまま留まり、ここでモンスターとの攻防を繰り返すのである。


 理由は他のアリーゼ隊とベルニ隊との足並みを揃えるためで、デカルト隊は予定の2日遅れでこの地を抑えることできたが、他はもっと遅れているらしい。

 だから俺達は足並みが揃うまで、奪われた土地を奪い返そうとしてくるモンスターの群れを、三つの班に分かれて代わる代わる迎え撃つ。



 魔王の城を三方から囲む第二作戦も佳境。

 気合を入れて眼前のモンスターに『フレイヤ』。

 火の鳥が縦横無尽に舞う。

 一度の使用でSPが空になるが、広範囲火炎系の最大魔法はかなり強烈だ。

 それに。


「うーん。やっぱ火炎ブーストの極みは違うわあ」


 嬉しい吐息を漏らす。

 今の俺の追加スキル――



【追加スキル欄】


・追加スキル /スロットふえーる /SP消費軽減-5p<*> /SP消費軽減-5p<*> /火炎ブースト極<*>



 にひひ。

 魔法力ブーストを外したので魔法力は下がったが、火炎系で与えるダメージが+200%だ。

 倍だ、倍。

 この前倒した、『噛みつきうさピーゴールデン』という、ウサギに似た大きな金色のレアモンスターから頂戴した。


「おーい、そこのニヤけてる三班の魔法使い。薬士がポーション配るらしいから補充してこい。あとはこっちでやるから」


「了解。ほんじゃ、よろしく。カレンっ、ルーヴァっ。二班が引き継ぐらしいから一旦下がれっ」


 二班の男からの申し出を受け、俺は先で剣と拳を振り回す騎士と獣人へ声を掛ける。

 一応、俺達のパーティ所属として周りから認知されているミロクにも声を掛けるべきなのだろうが、戦っている最中の最女には何があっても話しかけるな、がこの隊の掟であるからして放置。

 この世界から愛されて止まない暴女も、この隊からは疎まれている。


「んじゃ、アッキー先に行っとこうぜ」


「はい、分かりました」


 元気ハツラツ可愛い笑顔が返ってくる。

 最近は戦闘中も側にいることが多いアッキー。

 ついつい中身が男だというのを忘れそうになる。気をつけねば。








 ゴツゴツした岩肌がそこら中あるバル高地。

 その風景の中、平らな場所にて大きな木箱が置かれている。

 木箱の上には薄い蒼色の液体を詰めた瓶が並び、側ではメガネをクイッと上げる細身の男。


「さあさあ、レディース&ジェントルメン。見てらっしゃい寄ってらっしゃい。稀代の薬士によるエクスポーションの無料配布ですよ」


「メガネ、俺にもくれ。てか、いかにもお前がポーション配ってるみたいな感じになってるけどさ、ギルドからの素材物資が届かなかったら、大したもの調合できないだろ」


「魔法使いのボーイはいつも僕に手厳しいな。僕にとてもステキなハニーがいて嫉妬する気持ちはわかる。でも魔法使いボーイの隣にもキュートなガールがいるじゃないか」


「そういや、いつも側にいる銃士のハニーさんがいねえな」


 メガネ薬士の戯言にアッキーが反応を見せたので、すかさず思いついたことを口に出していた。


「やはりいつも輝くハニーがいないとすぐに気づかれてしまうのだな。マイハニーは先日教会送りになってしまったんだ。僕も後を追って自殺しようと思ったのだけれど、メールでこう言われたんだ。ダーリンは皆から必要とされるダーリンなんだから教会へ来ては駄目だわ、とね。どうだい、このハニーのいじらしさ。ここへ戻る間僕とはメールもできない孤独が待っているというのに」


「メガネ。これ以上のたまわるってんなら、早速このポーション飲んで『ドラゴニール』で焼くぞ」


「あはは。イッサさんとメガネさんって本当に仲がいいですね。ボクなんだか羨ましいです」


 いやいや違うから。

 理由ははっきりしないけれど、このメガネ心底俺の神経を逆撫でするんですよ、とボクっ娘アッキーに説明する。

 その折、ひょいとネコ耳が視界に入る。


「ガネガネこれ貰うにゃね」


 ルーヴァが木箱の上から小瓶を掠めれば、きゅぽ、と蓋を取って水と遜色ない中身を頭からかぶる。

 ほわわ、とネコ娘の体が光る。


「ぬおお、何してんだよルーヴァっ。もったいねえっ」


「ふにゃ? 何がもったいないのにゃ。ルーヴァのSPカラカラ。次も戦闘があるかもだからSP全回復、これよろしいことにゃ」


「そのもったいないじゃなくて、なんで飲まないんだよ」


「ポーションは飲まなくても体に振り掛けるだけで効果があるのにゃ。イササは知らないのかにゃ」


「知ってるにゃっ――知ってるさ。でも飲んだ方がコーラの味が味わえてお得だろ?」


「こーら? んー、『こーら』はカミナリな親父さんのこーら、にゃ?」


 一緒になって首を傾げてあげた。

 なんで、雷親父のコラッ、は知っててコーラを知らないのか腑に落ちないが、ルーヴァは『地元の人』だから無理もないかあ……。


 ライフやSPを回復するアイテム、ポーション。


 中身は薄い蒼色で水のようにさらりとした液体だが、飲めば元いた世界を懐かしめるジュースの王様、コーラの味が堪能できる。

 あとは、炭酸さえどうにかできれば文句ないんだけどな。


「アッキーも飲む派にゃ? カレレも飲んでるにゃ!?」


「ボクもイッサさんと同じ飲む派ですよ。なるべく飲みたいかな」


「私はコーラが大好きというわけではないですけれども……ポーションは貴重だから、こういう余裕がある時なら、飲んでおこうかと」


「にゃー、プレイアブルの民は変わっているにゃね。ポーションなんてそんなに美味しくにゃいのに」


 ルーヴァは舌をれーと出し、空になる小瓶を逆さにフリフリ。

 うーん、確かに美味しいかと聞かれれば微妙なんだけどさ。


「ところで、魔法使いのボーイ。レディ・ミロクへ一言言っておいてくれないか」


 メガネが神妙なメガネを掛けて言ってきた。

 なんだろうと思う――が、


「悪いが、遠慮しとく」


 ミロクの名が出たのなら関わるべからず。


「幾ら僕が稀代の薬士でも、スプライツやフェンタといった味にはできない。そのように何度も説明するが、聞く耳を持たってくれないのだ。それに各冒険者へ配るポーションの数は決まっているのに、根こそぎ持って行ってしまうんだよ。まったくじゃじゃ馬レイディは魅力的だが乗りこ――」


「へえ、ミロクがねえ……見かけによらず、可愛いとこあるんだな」


 そう漏らす俺は、俺と同じくあいつも元いた世界を思い出させてくれる味や香りを欲していたんだな、と微笑んでしまう。

 この世界で最強を手にする最女であってさえ、懐かしき味の魅惑には抗えないってことだ。

 あのミロクが敗北してしまうのだから、俺は至極当然だろう願いを口にする。


「なあ、炭酸ポーションは無理っぽい?」


 メガネが左右へと振られるばかりだった。






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