第17話



 周りの視線を気にすることなく、わざとらしい笑いが続く。

 資料を手にする様を見て、とっとと宿へ戻れよと言いたくなるライアスが俺のことを根に持っている自覚はあった。


 その遺恨を残される経緯であるが、一年ほど前になるか……ライアスがいたパーティから俺は誘いを受けた。


 自分で言うのもなんだが、俺のようなレベル99は人気があるから一人でウロウロしているとすぐに噂になり、勧誘が来たりするものなのだ。

 レベル99なんてのは冒険者全体としては意外と少ないから、レアとまでは言わないまでもレベル上限に達しているだけで周りからの視線は自然と熱くなる。

 まあ俺が、本来のレベル99が狩るような狩場に行けなかったから、余計に目立っていたというのもあるけど。


 それで、ライアスの誘いを受けてパーティに入ったのだが、俺が加わる代わりに元いた魔法使いがクビになった。

 言い方を変えれば、元いた魔法使いを切ってまで誘ったレベル99の魔法使いが使い物にならなかった、こっちの方が分かり易いな。


 だからライアスは、そのやるせなさを俺への怒りとしてぶつけるようになった。

 俺としては理不尽なそれであるが、結局俺はそれが元でライアスのパーティから離れた。

 眼前でワハハと笑う男とは、こういった因縁と言えばそれ、ただの嫌な思い出のある相手と言えばそれまでの関係があった。


 しかしながら、俺としては楽しくもなんともない過去なので忘れていたが、どうやら相手は一年経った今でも、景気良く怒りの炎を燃え盛らせていたようである。

 まだ、笑ってやがる。

 こんだけ思い出回想に時間掛けたのに……豪快な風体の割にはみみっちいなこいつ。


「あのさ、ライアス。話があるならここじゃ」


「変なもんだにゃ。イササとライアスが顔見知りとはルーヴァはびっくりにゃ」


 ひょいっと俺の喋りを横切り、獣人ルーヴァが戦士ライアスを知っているような台詞で登場してきた。


「……ち、ヘビ女かよ。蓑笠ばかりに目がいって気づけてなかったぜ……」


「ヘビだとくれれいむが来たから、今は獣人らしくネコ女にゃ。相変わらずライアスは強がり男子にゃね」


「っるせー。俺のは強がりじゃねえっ。俺は本当につえーんだよ、どっかのエセ魔法使い野郎と違ってなっ」


「ぐ――」


 どんっと俺の胸を突いて、ライアスは大きな戦斧背負うその後ろ姿を見せる。

 よれよれっと後退した俺はすかさず踏み出し、前方へと躍り出た騎士の腕を取った。


「いいんだカレン。その……気にしないでくれ」


「……すみません。私が口を挟むようなことではないと分かってはいたのですが、イッサが侮辱されることに我慢できず」


「ああ、分かってる。カレンは仲間想いだからな、ありがと。あれだな、俺が情けないから駄目なんだよな、あはは、なんかワリー」


 掴むカレンの腕から強張りがなくなったと感じ、そっと離す。

 振り向くカレンの顔はどことなく曇っており、そこへ加わるようにして飾りの付け耳が萎れているようにも見えるルーヴァの顔もあった。


「イササにカレレ、なんだかすまないにゃね。ライアスも根っこは真面目で良い男にゃのだけど、強さに敏感なお年頃で融通が利かない利かん坊でござるにょろよ」


 ノブエさんが聞いたら喜びそうな内容だな。


「まずは、ルーヴァの獣人へのこだわり具合が真面目なのかを知りたいところだけど、あれだな。なんか変なヤツだったなあいつ。それで、なんつーか、そうそうルーヴァってあいつと知り合いだったんだな。俺としてはそっちに驚いたな」


「んー、クリアレスの民で冒険者をやっているのは珍しいからにゃー、自然と顔見知りになるにゃ」


「ああ、だよな……そういやライアスも『地元の人』だったけ……」


 視線を送った先の広間の端。

 仲間と屯するライアスを発見する。

 用が済んだなら、早く行けよとまたしても思うわけであるが……。


「イササ仕返しの策謀かにゃ」


「いやいや、んなことしねーから。好きにはなれねーけど。ただ、ここにいるってことはあいつもレベル99になったんだなあってさ」


 ルーヴァへは振り返らず、そのまま眺めていた。

 あの頃から一年掛からずに上限に届いたんだから、相当モンスター狩ってるよな……俺と違って特性スキルもないわけだし、苦労したろうなあ……。


「アッキーどうしました。そんなところで這いつくばって」


 俺が物思いに耽ふっていると、側でカレンの声。

 今度はちゃんと反応しそっちへ視線を移せば、言葉通りのアッキーがローブを垂れさせ堅い床へよつん這いのままにキョロキョロしていた。


「ああ、カレンざ~ん。ボクのスキル珠が、ボクの大切な珠たまが床に散らばって。さっきイッサさんからぶつかられた時に、革袋が落ちて」


 うげ。

 よく見れば、ビー玉くらいの大きさの珠があちこちに転がっている。

 そして、それらは他の冒険者から踏まれ蹴飛ばされ、必然涙目のアッキーが嘆くことになる。


 俺のせいだよな。非常にすまん。

 んで、どこかの僧侶が喜びそうなことを君も言っちゃうんだね。







 他の冒険者達からこいつ何やってんだ? 的視線を浴びせられながら、床へ頬をつける俺は長椅子の下の奥へと腕を突っ込んでいた。

 石材の土台の下、ホコリにまみれる床の壁際にはキラリと光るスキル珠。

 ぴーんとツリそうなくらいに指先を伸ばす。


「うぐ、うぐ……くそ」


 届かねえっ。

 仕方がない、と一端長椅子の下から腕を抜き、とっておきを背中から引き抜くことにした。

 蓑笠からニョキっと突き出るコブ。

 その部分を掴み上空へ向けベクトルを掛ける。

 降ってきた古代魔導師の杖をパシリとキャッチ。なかなかにキマったと自負して、細い方を先へコブを手前に椅子の下へ突っ込む。

 戦闘では一度も使うことがない棒であるが、持ってて良かった長い杖である。


 先に当たるスキル珠を掻きだすようにして、えい、と杖を漕ぐ。

 床の上をスシャー、と小さな物体が滑る。

 俺は杖をほっぽり出し、勢い余るスキル珠へと飛びついた。


「へえ、赤色だったのか、こういうのってちょっと暗いと全然色の感じが違うんだよなあ」


 そんな感想を向けた俺の手の中には、ハート型の珠が収まる。

 それで、アッキーがばら撒いていたスキル珠の1つを無事回収できた思った矢先であり、鼻の先。

 この世界ではあまり見かけないハイヒールがあって、そのままそれを履く綺麗なおみ足に沿って顔を上げて行けば、タイトなスカートの裾を押さえ、すんごい厳しい目つきで俺を睨むポニーテールのお姉さんがいて。


「ええと、確か受付けにいた、キョウカさんでしたっけ……」


「貴方が何をなさりたいのかは存じ上げませんが、今のこの状況、周りからすれば、女性のスカートの中をのぞこうとしいている行為、いいえ、先程の物言いだと実際にのぞかれていたご様子のようですし、このまま踏みつけても誰も私を避難しないでしょう」


 言葉の意味を理解する間もなく、有無を漏らす暇もなく、俺はガシガシと尖る踵かかとで踏まれた。

 どこかからか『ご褒美だよな』とか聞こえて来たので、俺にそんな趣向はねえっ、と心で返しながらに耐えた。


「では、イッサさん。私の気は済みましたので、もうそろそろお立ちになって下さい」


「……はい」


 本来なら、誤解的見解の果てに行われたこの仕打ちに物申す場面であるが、

どうやら今日の俺は何かとよこしまな方向へ思考が偏っているようで、一瞬、彼女の”お立ちになって”にあらぬ部分のことを口になさったとか思った次第で、自分のくだらなさを反省して自重した結果の素直さである。


 んで、抗議しなかったことを後悔もした。

 起き上がれば側に、ジト、とした目で俺を見るカレンがいたからだ。

 しつこいようだが念の為に補足すると、俺は身体的には立ってはいるが生理的には立ってはいないので、カレンはもちろん俺の顔に軽蔑の視線を送っている。


「いや、違うからね。絶対違うからね。カレンだって俺がアッキーのスキル珠拾い集めてたの知ってるでしょ」


「では、ご案内します」


「はい。イッサ行きましょうか。ルーヴァ達には伝えていますので」


 瞬きの後、カレンの長いまつげを持つ目が真剣なものへと変わる。

 俺もその空気の変化に合わせて、気持ちを切り替えた。

 そして、背中にポニーテールの尾っぽが揺らす案内人の意図を察する。


 ギルドの関係者が個別に声を掛けた俺とカレンはレベル100。

 彼女は上限突破者である俺達だけを、どこかへ招きたいようである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る