第16話 ベネクトリア
◇ ◇ ◇
俺達が山を背に踏み入れたベネクトリアは平地に広がる大きな街であり、冒険者ギルド本会館が拠を構えるばかりでなく、主だった商業、工業組織が集まるこの辺り一帯の重要な都市である。
そのベネクトリアへ期限の日まで2日を残して到着した俺とカレン、そして、ルーヴァとアッキーは街観光と洒落込んで初日を過ごし、期限の翌日の昼にはギルド本館へと足を運んだ。
それで、わらわらと人が集まる本館ロビーでは、懸念していた儀式が待っていた。
儀式とはアナライズ《情報取得》。
否が応でもレベル情報を隠し通さなくてはならないってわけでもないが、なんか面倒くさいことになりそうな予感だけはひしひしと感じるんだよな……。
「受付けはギルドの人だし、きっと蓑笠は脱げって言われるだろうなあ……」
「そうでしょうね。今回のジェミコルはレベル指定があるものですし、見透かしの水晶でレベルを確認してもらうことが中へ入る為の条件になるでしょうから」
列に並ぶ俺とカレンは、とりあえずは指摘があるまでこのままで臨むことにする。
「ほんと、あの見透かしの水晶は面倒くさいものにゃ。あちこちで見透かされたルーヴァの情報がギルドへ送られてにゃいなら、ルーヴァはさぼぼたーじゅできたにゃ」
「でも呼び出しのお陰で、カレンさんと合流できたんだし、結果としては良かったじゃないですか」
「ただ、残りの戦士と魔法使いがレベル不足できっと来れてないにゃ。あいつらがルーヴァ達をこの街で待ち構えているかもにゃーと思ったけど、そんな気配はないし、どこでなにしているのにゃらら」
後ろでは、人目があるところでは頑張ってネコ科を演じるらしいルーヴァがアッキー相手ににゃーにゃー騒ぐ。
そんな中、俺の見透かされる(アナライズ)順番が回ってきた。
何食わぬ顔で素通りしようとしたが、まあ案の定である。
足を踏み出す前に蓑笠を脱ぐようにと、キリリとした目つきのお姉さんから指摘された。
受付けの助手っぽいちっこい黒髪の子がキョウカ先輩と呼んていたので、この方はキョウカさんとの名のようだが。
「あの、紐が固結びになちゃって……その、脱げないからこのまま通るってわけにはいけませんかね……」
「固結びですか」
「はい、頑張っても解けないくらいに固結びです、ウキィーってなるくらいガチガチです……なんかすみません」
ポニーテールが似合うキョウカさんの目がギロリと光る。
「……なるほど。では、仕方ありませんね。このままお進みなって本館二階へとお上がり下さい」
俺は恐らく高レベルの盗賊職であるキョウカさんの言葉に従い、てとてと歩く。
その身にはアナライズされた感触を覚えていた。
「技スキルは『盗眼とうがん』だったか……」
思い当たるのが他にないので間違いないと思う。
アナライズの盗賊版くらいにしか思っていなかったが、アナライズキャンセルを無効化するとは、なかなかに侮れ難し盗賊職。
「さすがは、ギルドの受付けですね。抜け目がないと言いましょうか、私達が甘かったと言いましょうか」
後ろからそう声を掛けてきたカレン。
カレンは蓑笠を素直に脱ごうとしたら、逆に結構ですと断られたらしい。
「しかしそのキョウカさんとおっしゃる方の対応から、増々ギルドが私やイッサのようなレベル上限を超える者の存在をはっきりと認識している可能性があるように思えますね」
「だな……カレン、ルーヴァ達にはレベル100の話はした?」
「いえ、特には。私は今100ですが、レベル99同士だと変化のないステータスの話が話題になることもありませんでしたので」
「うーん。なんとなーくだけど、いずれ知られるような気がするから、この後話しておく?」
「ええ、私は別に構いませんけれど、イッサがそれで良いのでしたら」
カレンの言葉から、レベルより俺のステータスを気にかけてくれていたことが分かる。
あれだな。あんまこう、カレンに気を遣わすのもいい加減自分が情けないように思えて仕方がない。
なんつーか、動機はカレンの前で良いカッコしたいだけなのだが……俺も少しは堂々としててもいいんだよな、レベル99で間違いなんだし、いや100なんだし。
パーティを組んでからもカレンは俺をステータスで馬鹿にしないでくれた。
たぶん、カレンにしてみれば俺は俺であるからして、ステータスが俺ではないわけだ。
なんのこっちゃだが、俺はこのまま良いように思い込んで、この世界を楽しもうかなーなんてな。
「最近、誰かさんのお陰で自分のステータスがそんなに嫌いでもなくなってきているから、全然平気だぜ俺」
俺は親指を立て、にっと笑って見せた。
3、400人といったところだろうか。
広いホールに集まる人、人、人がすべて99、99、99ってなことだろうから、こんなところにもしモンスターが迷い込んだとしたら、そいつに同情するくらいには一溜まりもないだろうな。
それで、恐らくジュドラでさえ秒殺だろう集団に一人の小太りなおっさんが偉そうに話をする。
実際にとても偉い方のようなので、『そう』は不要か。
頭一つ高いところに位置する講壇に手を付き、その偉い冒険者ギルドの代表補佐デカルトさんが声を轟かせる。
内容としては、ここ一ヶ月くらい前から一部地域でのモンスターによる襲撃が相次いでおり、それはすでに看過できない程の被害を近辺集落にうんたらである。
「以上、今回のジェミコルはギルドから諸君らへのモンスター討伐クエストの依頼になる。そして、この依頼は……」
そこまで言って、ぐっと溜めをつくるデカルトさん。
勘が良い奴らは、次の言葉を予測できている様子だな……俺もその一人。
レベル99の冒険者の招集に、その被害が頻発しているらしい地域――、
「魔王討伐をもって完遂とする」
その明言に、ホールがざわざわざわめく。
そりゃそうだ。俺もざわつきたくなる。
俺の知る限り、今までにギルドが魔王をクエスト対象にすることはなく、俺達冒険者の間でも魔王討伐はどことなく敬遠されていることだと認識していたからな。
んで、これだけの人数が一斉にヒソヒソ話したら、それはもうヒソってないわけで、ホールは結構な喧騒である。
「静粛に。静粛にっ。諸君らの疑念はこちらも分かっているつもりだ。今までギルドとして魔王を討伐対象から外していたことは認めよう。理由は一つと言うわけではなく総合的にそれを最善と判断していたからだ。だがしかし、今回は状況と事情が変わった。速やかな魔王並びにその配下のモンスターの討伐が求められ、必要とされている」
冒険者ギルドの代表補佐デカルトさんの説明はこれ以後も続き、最後は三日後の遠征へ向けて資料を熟読しておくようにとの言葉で締められた。
そうして振り返れば、
「今回の討伐作戦。願ってもないことです」
カレンが期待を裏切らず瞳に炎を宿していた。
それと、
「その通りだ。ルーヴァはここに来て良かった。これで、みんなの仇を取れるっ」
バシン、と手の平と拳を打ち合わせるルーヴァのそこにもメラメラとしたものが灯る。
なので、俺は更に隣のアッキーを見たのだが。
「あの、ボクは、カレンさんやルーヴァのような……その、ボクは魔王のドロップアイテム欲しさにルーヴァの魔王討伐パーティに参加しています。……動機が不純ですみません」
もしかしたら落とすかもしれないスキル珠欲しさにってことか。
しかしアッキーよ、謝ることはないぞ。
相手は魔王だしな……そのコレクション魂はある意味誇っていいと思う。
それにしても、である。
このまま行けば三日後、俺は魔王討伐隊の一員として出向くわけか。
まさかだよな。
全然関係ないところの話って思ってたからな、魔王なんて。
だから、面倒臭さ、不安、現実味の無さ。気が滅入る感情がわんさか湧く。
けど反面、やりがい、興奮、自分がゲームの主人公になった擬似感――。
「魔王討伐……なんかアツいよな」
俺の動機は、こんなもんになるようだった。
魔王討伐宣言がなされたギルド本館の二階ホール。
そこから100人くらいに分かれて、俺達は別室へと移動した。
話にあった資料を受け取るためだ。
並んでいる間、周囲から聞こえてくるワードランキング一位は『魔王』。
俺達もそのランキング通り、会話の節々にその言葉を用いていた。
「要は、刺激しないために今までは魔王討伐を発注しなかったってことだろ」
魔王は自分の領土とするその場所にて建つ城に住み、時折近隣の地域へ現れ集落や街を荒らす存在であった。
考え方次第ってところだが、それをを災害のようなもとして割り切れば、魔王であっても率先して滅ぼすようなものでもなかったのだろう。
「魔王討伐クエストが発注されれば躍起になって冒険者は魔王を倒そうとする。そうなれば魔王の機嫌も損なわれ、今まで以上に暴れる可能性が出てくるわけだ」
「それは否めないですね。実際に私達が魔王討伐を行うことにエールを贈って下さる方もいましたが、ギルド関係者の中には渋い顔をされる方もいました。今の魔王を倒してもいずれはまた現れる存在ですし、それならそっとしておくことの方が良いとの考えなのでしょう」
「魔王のレベルなら魔監獄行きの後、10年くらいはこっちに戻ってこれないはずにゃ。それにゃのに対処しないのは魔王対ギルドの全面対決になることを、ここのエラいさんが避けているだけにゃ」
「現実問題としても、クエストを達成した証明も難しいです。モンスター討伐の場合、ほとんどがドロップアイテムがその証明となります。でも、魔王が何をドロップするのかはっきりしていませんから」
俺の推測に、カレン、ルーヴァ、アッキーと続く。
各々考えはあるようであるが、結局ギルドから具体的な発言もなく、憶測の域を出ない。
確実に分かっているのが、魔王がその魔王たる存在をようやく自覚したのか、近頃になって近隣への明確な侵略を開始したようである。
これにより、ギルドは重い腰を上げざるを得なかった……と、そんなところだろう。
「あのさ、それで10年? 魔王って倒したら10年後に復活すんの?」
「10年の月日は恐らくの年数ですね。世間ではそれくらいだろうと言われています。魔王もモンスターです。魔監獄行きになった後、そのレベルに見合った時間を掛けて再生します。と、これはアッキーの受け売りなのですが」
カレンの可憐な顔が、俺から物知り博士らしいアッキーへ。
「魔王はアナライズキャンセル持ちですから、はっきりしたレベルは誰も知りません。でもこの世界のレベルの上限が99だった以上、魔王はおそらくそのレベルで、ボクがこちらの専門家に尋ねたところそれくらいの期間を要すると予測されました」
たまたま『盗眼』を使うパーティがいなかったとも考えられるけど、魔王に対しては情報取得が無理っていう、先入観がそうさせているんだろうな。
「イッサさん?」
「ああ、はいはい大丈夫、ちゃんと聞いてるよ俺。あのさ、あいつらの魔監獄送りって俺達の教会送りに相当するんだよな。でも俺達と違ってなんであいつら再生に時間が掛かんだろうって……まあ、そっちの方が都合いいし、別に気にしてやることじゃないけどさ」
「いいえ、イッサさんの疑問は最もです。これはボクの見解になりますが――」
どうやら俺の素朴な疑問はアッキーを喜ばせたようである。
意図しているわけじゃないが、どうにも俺はこの子のツボを突くのが上手いようで、ボクっ娘からはここ数日でえらく懐かれてしまっていた。
それで饒舌じょうぜつになる赤毛の少女アッキーの口からは、人間にはお金という概念があって、この世界ではレベルに比例してゴールドの支払が大きくなるとの前置きがあり、その概念が俺達が教会送りで復活できるいわゆる代価だいかの役割になるそうで、エトセトラ。
「完全女子だったならなあ……妹系としてありと言えばありなんだけどなあ」
「何がありなんですか?」
「いや何でもないっす。で、モンスターには人間のような、払える価値を有する存在? がないから……なんでしたっけ?」
「お金の概念そのものが人間からの神への供物といったところですね。価値の支払いです。しかしモンスターにはそのような考えは存在しないので、魔監獄送りになったモンスターは時間という価値、代償を払っているんだと思います」
なるほど、さっぱり分からん。
「あれか、俺は普段無駄に高い宿代とか施設利用料を払っている分、すぐ復活できるけど、モンスターはそれを怠っているから罰金の代わりとして、復活に時間が掛かる……そんな感じ?」
「はい、そんな感じです」
自信持って頷かれてしまったが、俺は神様への概念が供物うんたら全然理解してないからな。
しかし、あっちはあっちで、高レベルによる影響があるわけか。
うーむ。なんか、あいつらと自分を比べるのもどうかと思うが、向こうも損を味わってる風ってのはちょっと気分がいいな。
と、小さな平等感による悦を味わっていた時に、影が覆いかぶさった。
俺の側で人が佇むようだ。
「こりゃ、まいったね。変な蓑虫野郎がいやがるって思ったらテメエかよ。そういやレベルだけは99だからな。レベルだけはよお?」
挑発的な態度とデカい声。
更に言えば、俺にカラむデカい戦士の男。
もっと言えば、覚えのある浅黒い顔に、背中にはデカい双刃の戦斧背負う。
それと正直に言えば、この男、ライアスとは遭いたくはなかった。
理由は至ってシンプル、嫌いだからだ。
「ああ? 待て待て、そうかそうか、だから『隠れ蓑笠』だったか。アナライズされたくねーような貧弱じゃなきゃ、んなダセー装備、誰も使わねーからな。おお、こりゃ失敬」
何がそんなに面白いのか。
以前在籍したパーティの戦士ライアスが、しかめっ面の俺の前でワハハと高らかに笑う。
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