第15話 楽しむには想像力の限界突破が必要なんです





 ここは風呂場である。

 もっと言えば、露天風呂。詳しくは今晩お世話になる村の共同浴場の脱衣場である。

 そして今、服を脱ぐのを躊躇う俺の傍には、ずっと着いて来ていたボクっ娘アキラちゃんがなぜかいる。


「うーんと、アキラちゃん? もうここからは男湯になるから、その……君は向こうに行かないと」


「いえ、ボクはここで合っています。……あの、イッサさんが言いたいことは良く分かります。ボク、よく女の子と勘違いされるので」


 俺は君の言っていることが良く分からんのだが……もしかして。


「あれか、あれだったのか。どう見ても女の子にしか見えないが、君は俺に自分は男の娘って、そう言いたいのか」


「はい。ボクは男の子です」


 ガーン。

 とか擬音付きで驚くこともなく(少しは「は!? マジで」とはなったが)、そっかとあっさり返す。

 俺が今いるところは、見た目でもなんでも判断できない時がそこそこあったりする世界だからな。


 今日知り合ったばかりだし、まじまじ見ては失礼だよなと自制心を働かせ、さて、と俺は上着を脱ぐ。

 そうしたら、隣の棚へガシャリとパンパンに膨れた革袋が置かれた。

 何気なく見てたら、


「これはスキル珠の入った革袋です」


 アキラちゃん、もといアキラくんが言う。


「へえ、って、えらくどっさりな感じだな」


「はい! ボク、スキル珠を集めるのが好きで、ほんとは額とかに飾っておきたいのですが、それだとかさばってしまって。だから仕方なく……革袋に入れると珠同士が擦れて傷が入らないか心配なんですよね」


 なんか途端にハキハキ感満載になったアキラくんが、その革袋の口紐を緩めていく。

 別に中身を見せてくれなんて一言も言っていない……が、太陽のような笑顔の前にして俺の意思表示は無理でした。


「イッサさん。これ見て下さいよ。リング状のスキル珠です。あとこっちはハート型。かなりレアですよこの形状は」


 へえ、珍しいと言うか、初めて見た。


「それ、女子に贈ると喜ばれそうだな、ちょちょ」


 もっとじっくり見てくださいと言わんばかりにスキル珠を手渡された。


「大丈夫です。この二つは『ふんばーる』と『ふえーる』なので、スキルレベルのない物ですから」


 いや、レベルのリセットを心配したのもあるが、こういった貴重な物ってあんま触りたくないやん。

 更に『ふんばーる』『ふえーる』系って元々レア珠で、その珍型なんでっしゃっろ。あきまへんって、そないな貴重なもんわてなんかに。

 などと戯れている間にも、次のレアスキル珠を袋から探す様子のコレクターアキラ。

 どうやらスキル珠講座はまだ続くようである。

 うむ。

 ここは悪いが阻止せねば。


「なあなあ、アキラちゃん、いやアキラくん。俺達風呂入りに来ているわけだ。それ部屋に戻ってからでいい?」


「はっ、すみません。久しぶりに見せる相手がいたので嬉しくて。ここがどこか忘れていました。すみません……」


 しゅんとなるその様に心が痛くなるが、それはそれとして、俺はほいほい脱いでいく。

 隣でも、はらりはらり衣服が脱がれていく。

 ……なんだろう。

 彼の顔を見ているとついついちゃん付けしたくなる自分の気持ちは理解できる。

 ただ、この目の前にある、丸みのある白い背中と柔らかそうなお尻を見て湧き上がる自分の気持ちには疑念を持ってしまう。


「ええと……アキラくん、君男の娘っていったよね。確実にそう言ったよね」


「はい、ボクは男の子です。あの、ただこっちの世界に来たら体が女の子になっていました」


 それは……つまりそこにあるのものは、男子であってそうじゃないケツってことなのかっ!?





 湯船に入った。

 そこそこ広い露天風呂であっても、そこそこに気配を感じる位置にあの子がいる。

 脱衣場からここまでは、イッサさんが気を使いますね、と大きめのタオルで前面を隠したアッキー。


 ちらりと見たそこには男の俺にはない膨らみが上半身にはあって、膨らみがないといけない下半身――はともかく、今はそのタオルもなく湯に浸かっている模様のアッキー。


 それで、実際のお風呂と言うのはやはり、当たり前だがアニメなどとは違って湯気は薄いしレーザー光線さんなる人もいないわけで、大切な部分は容易に見えてしまうだろう。


 見た目は女子、中身は男子のアッキーである。


 仮に俺がアッキーの裸を見たとして、それは”女子の裸を見てしまうスケベな俺”になるのだろうか、それとも”男子の裸を見て興奮する変態な俺”になってしまうのだろうか。

 なんつーか、僧侶職ってのはあれだな、とボヤいて要はノブエさんと一緒に入っているものだと思えば良いのだろうか――。

 いいや待て待て、それはそれでややこしいから別物だよな。

 それよりも。


「な、なあアッキー質問。カレン達って君がそういう、ええと、男の娘っていうのは知っているのかな?」


 揺れる湯の上にあった顔はほんのり紅潮しており、ますますアッキーを女性へと近づける。


「ルーヴァやカレンさんには、ボクが男だっていつも言うんですけれど、全然信じてくれなくて、一緒にお風呂とかも平気で入ろうとしてくるし困っているんですよ」


「オーケーオーケー、分かった。分かったからアッキーはそのまま、こっちへ近づいて来てはノーだ。俺のいろんなもんが壊れちまったら大変だからな」


 なんとも羨ましい。そして、なんだか俺ヤバいな。

 アッキーと一緒にお風呂とか聞こえが良いものじゃないようだ。

 くそ……クソクソくそおお。

 こんなチャンスをっ、正々堂々と観察できるチャンスをっ、千載一遇のこの時をっ、俺はみすみす――俺はっ。


「悪いアッキー。俺なんだかノボセそうだから先上がるわ。あと、アッキーも他の客が来る前に上がった方が良いぞ。じゃあ」


 俺は股間にタオルを当て、そそくさと露天風呂を後にした。

 それから、脱衣所の前で見張り番をした。

 アッキーとは後で話し合いだな。






 アッキーに風呂を一緒したことは内緒にと釘を刺して部屋へ戻れば、残念そうな顔のルーヴァと申し訳なさそうなカレンがいた。

 どうかしたのかとカレンに問えば、応えてくれたのはルーヴァの方で、『パーティに誘ったら断られた、にゃ』であった。


「ちなみにルーヴァは強い男の子しか興味がないので、イササは誘わないにょろよ」


「ルーヴァの女の感ってやつです。特にステータスからイッサを判断したのではないので、安心して下さい」


 と、カレンが続く。

 俺の怪訝な顔に即座のフォローであった。


「ルーヴァの鼻はよく利くにゃ。イササからは硫黄の匂いしかしないにゃ。あとアッキーからも同じ匂いがするにゃ」


「さて。なんか悪いなカレン。俺を一人にしないためだろ。元々ルーヴァ達と同じパーティだからなあ……ちょっした板挟みだよな」


「いえ、板挟みとかはないです。ユアとパーティメールができなくなるので、それで断りました」


「イササ、ルーヴァはカレレからフラれた、悲しいおにゃにゃの子にゃ。慰めるとよろし」


「貴方とは魔王討伐の時パーティを組めれば問題ないはずです。私達の誓いはそれだったはず。私をダシにしてそういうのは止めて下さいっ」


 俺に抱きつくルーヴァにカレンの強い語気が投げられた。

 怖い怖いと言って、ルーヴァが更にぎゅっと俺を締め付ける。

 苦しいが、頬に当たる柔らかな弾力にはずっと埋もれていたい。

 でもそれは、なんだかカレンを怒らせる気がしてならない。

 果たしてどっちを選ぶのが正解なんだろう。



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