第18話 ジェミコルの真相




 会議室と言えば近代ビルのオフィスのそれをイメージするが、役割的にはそうであるかのような一室は、暖炉や品の良い家具や本棚を設ける、木造りのお洒落な広い部屋。

 映画のセットとしてそのまま使えそうな中世の西洋的雰囲気の中に、俺とカレンは混ざっていた。


 大きな窓を背にどんと置かれたテーブルには、冒険者ギルドの偉い人、代表補佐デカルトさんが座る。

 街で普通に見かければ小太りのハゲたおっさんに思えたかも知れないこの方も、威厳ある姿には恰幅の良い壮年に相応しき御髪おぐしと言葉を置き換えるのだ妥当のようだ。

 その御前に俺達”20名程”の、レベル99を突破している冒険者がざっくばらんに立ち並ぶ。


「キョウカ君、彼女を」


 デカルトさんの指示に、俺とカレンをここへと導いたキョウカさんが動く。

 別室へと繋がる扉の向こうより、デカルトさんが言うところの彼女が現れ、その登場に俺達冒険者が反応する。

 テーブルの脇で佇むメイド服の成人女性。

 上限突破者なら一度は必ず会っている人、名前はアケミさんだったか。


「一ヶ月ほど前、彼女アケミ君と問題のサーシャ君は、カジノの街ガーマ近辺でモンスターに襲われた。その結果、彼女は教会送りに、そしてサーシャ君はそのままモンスターに拉致されることとなった」


 話の先が見えないままに、なぜサーシャが拉致されたと分かるのか、またなんでモンスターが人間に対してそんな真似をする、と疑問を抱く。

 だがそれもつかの間、重々しい声で発せられる次の言葉によって更なる困惑が襲い、それどころではなくなる。


「そしてサーシャ君は今、魔王の城にて監禁状態にある。これはギルドから差し向けた忍者職のエージェントにより知り得た事で、今はもう連絡が途絶えているが確かな情報だ」


「デカルト代表補佐役、一つ伺いたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」


 俺とは反対側に位置するところからその声は上がる。

 誰の発言かとのぞき込めば、ずばり俺の知る前田 利益(前田慶次)が居た。

 着物に似たこっちの派手な民族衣装を着こなす彼は、古本屋で目を通したマンガの主人公よろしくその手に煙管キセルを携えていた。


 なんだったけなあ、こういうの、カブリもの? カブレもの?

 髷まげは結っていないがそんな呼び方をする一風変わった格好の冒険者であった。


「うむ。どうぞ質問したまえ」


「それでは失礼して。巫女が監禁されている事実から拉致されていたことは分かりますが、それはギルドから間者を送った結果から知り得たこと。順序の矛盾に些か腑に落ちない拙者であります」


「ギルドへの不信とまでも言わないにしろ、最もな気持ちではあるな。アケミ君いいかね」


「はい」


 会釈と返事。


「私やサチコ、いえサーシャちゃんが襲われた時のことです。鎧を着る骸骨のモンスターから教会送りにされた私は、しばらくそこで彼女を待ちました。ギルドから職を剥奪されている私達にはパーティを組めません。ですから、互いの連絡を取り合う手段がありませんので、そうするしかありませんでした」


 アケミさんが俺達を見回しながらに言う。


「けれども、半日程経ってもサーシャちゃんが送られて来ることもなく、それからガーマの街へも行きましたが、その消息は分からずじまいでした。それで……冷静になってから思い出せたのです。あの鎧の骸骨が私達を襲う時に言っていました。”小さな方が魔王様のレベルを上げる人間だ”と」


「そうでありましたか。アケミ殿はその事情からギルドへと駆け込み、ここ最近の魔王の動きに異変を感じていたギルドはそれを何らかの関わりがあるとみて、裏を取るために調査した」


 カブキもの男はそこまで喋ると、煙管を指先でくるくると回し口に咥える。

 その様は俺の知るシャーロック・ホームズのそれであった。

 と、和洋折衷の煙管男よりもアケミさんの口から出た内容が、かなり危うい推測へと容易に繋がってしまう。


 この世界にある『レベル』の上限は99。

 それは『地元の人』『外の人』の区別なく俺達人間、そして、モンスターも共通するこの世界の理。

 だが、少し前までの常識になる。


 サーシャの特性スキルの効果が上限の壁を取り払ってしまうからだ。


 『魔王様のレベルを上げる』。

 恐らく上限一杯のレベル99の魔王のそれもサーシャの力があれば可能なわけで、魔王は配下のモンスターを使いそのカードを手中に収めた。


 俺の考えをなぞるように、アケミさんに取って代わったデカルトさんが同じことを語った。


「教会を占拠する魔王の直接的な指揮系統に属すると思しきモンスターとの交戦記録によれば、スケルトンロイドの中にレベル100~110の個体をアナライズ《情報取得》したとある。以上のことから、君達のようにサーシャ君を使ったレベルの上限引き上げをモンスターどもは行っているようだ」


 騒がしくなる部屋。

 ガヤガヤと声でそうするのは俺達冒険者のみんな。

 今聞かされている話がいかに危機的なことで、いかに重大な話であるかは分かるので、ひたすら厳粛に耳を傾けるのが正解だろうが、気持ちが伴わない。


「あの巫女なにやってんだよ。魔王ばかりか、モンスターまで強くしてどうすんだよ。100そこそこならまだなんとかなりそうだが、仮に140、150のスケルトンロイドがいたら、ワンパーティで倒せるか分かんねーぞ」


「きっと拷問にでも掛けられて強制させられているんだろうよ。可哀想にねえ、あのお嬢ちゃん。自殺も出来ないような監禁状態なんだろうさ」


「問題は魔王のレベルがどれくらい引き上げられたか。ギルドは把握していないのか」


「だが、考え方によっては上限が上がるだけで、レベルがあげるわけじゃない。高レベル90台のモンスターにも限りがある。無闇やたらに上限超えのモンスターがいるとは考え難い」


「しかしそれは今の話。経験値さえあればレベルは上がるもの。時間が経てば経つほどレベル100台の者が増えるのは自明の理」


 ガタイの良い戦士、魔法使いの女性、盗賊風の小男、騎士風の優男、煙管の男などを始め、他にもあちこちで思い思いの発言が飛び交う。

 その喧騒に紛れ、ゴホンゴホンと咳が幾つか払われた後に、どん、とテーブルが叩かれた。


「静粛に。場所を弁わきまえない諸君らの態度に私は少々遺憾を覚えるよ。だがしかし、諸君らがこの話を聞いても尚、魔王討伐に意気込んでくれるのは頼もしく思う」


 そうして、静かになる一室でデカルトさんの話は続く。

 それは俺の予想を裏切ることなく淡々とした説明だった。


 魔王。

 人間に敵対するの者は、理由を求める必要がないくらいに倒すべき存在。


 人は今までその魔王を倒す力を持っていなかったわけではない。

 進んで事を為そうとする者が少なかっただけだ。

 それが今、レベル99以上の猛者達が一斉に刃を向けたのだ。これほど心強く、目に見えて勝ち取れる未来はそうないだろう。

 だが。


 モンスターの長にして最強に位置する魔王のレベルが、今は未知数となる。

 皆隠しているが、そこに不安を抱いているのではないだろうか。

 たとえ皆がそうでなくても、ここに確かな者が一人はいる。





 俺は今、ギルド本会館の地下通路を歩く。

 点々と灯るランプがあるものの――外のように明るいとは言い難い。

 前をゆくのは、の真っ直ぐ艶のある長い髪を背に掛けるカレン……。

 狭苦しいレンガの壁に肩をぶつけながら、ぞろぞろと会議室にいた冒険者全員が案内に従い連れられる。


 ここへは魔王討伐作戦に付随したデカルトさんからの依頼が目的である。

 ただ経緯としてはそうなるのだが、俺達が集められた意味合いは恐らくこっちにあると考えて良いだろう。


 それで、気が滅入るその目的地へはまだ少し距離がありそうだから、今回のジェミコル、緊急要請に関してのデカルトさんの話を俺なりにまとめて、気を紛らわすことにする――。


 一つに、ギルドは公式に俺達上限突破者の存在を他の冒険者へ知らしめるとのことであった。


 一つに、三日後の説明会に於いて、俺達へ伝えた情報は公開するとのことであった。


 一つに、三軍に分かれ魔王が侵略した地域の奪還を行う予定の作戦に於いて、

上限突破者が各軍の先頭に立ち指揮をとって欲しいとのこと。

 で。

 その理由としては、レベル主義の考えであるデカルトさんによれば、自分より高レベルの者が頭に立てば、曲者も多い俺達冒険者も素直に従うだろうとのことである。

 つまりは指揮官とは名ばかりで、参謀役として身内(ギルド直属)のエージェントが同行するようだ。


 一つに、魔王を倒すことが最終目的であるが、平行してサーシャの奪還も作戦事項に含むとのこと。

 サーシャに至っては、最悪殺害をもってこれを為すとするようだ。

 俺が『殺害』を『教会送り』としないのは、以前カレンの話にもあったが、魔王の城での死後は、教会へと転送されないから。

 ギルド側でもその認識のようで、出来得る限り現地での保護を望むようであった。


 一つに、魔王討伐作戦の概要として、占拠された各教会、聖なる祠の奪還を第一作戦とし、魔王が侵略する領地を奪い返し城のある領地を三軍にて包囲するまでを第二作戦。

 直接敵本陣へと乗り込み魔王の首とサーシャを奪うまでを第三作戦とするとのこと。


 俺に数百人規模の戦いの作戦として善し悪しを判断できる知識はないが、妥当のようには思えた。

 特に教会を奪い返す第一作戦の重要性は、考えるまでもない。


 俺達はライフゲージがなくなると最寄りの教会や聖なる祠へ転送される。

 そこへモンスターが満を持して待ち構えられていると、幾ら全回復していようが勝てるわけがない。

 そしたら、また転送で同じ教会へ飛ばされまたヤラれる。それの繰り返し。最悪である。


 でも教会さえ押さえられれば、すべてのパーティがお気楽な特攻攻撃ができるようになる。

 代償として経験値が半分にはなるけど、戦力が格段に上がる。

 ゲームだと俺はこれっぽいことを、ゾンビアタックとの呼び名でよくやっていたな。

 復活が容易い状態で倒れては蘇り攻撃、また倒れては蘇り攻撃でそれはまさしくゾンビの如くである。


 それで、モンスター――いや、魔王がこの俺達のゾンビアタックを警戒して教会を占拠しているかと言えば……半々だろうな。

 どちらかと言えば、結果として俺達に不利な状況になっただけなのかも知れない。


 向こうもレベルを上げるには、経験値が必要になる。


 俺達だとモンスターを倒すことで手にするこの経験値であるが、この世界ではそれが冒険者の仕事だから存在していると考えないといけない節がある。

 俺にもはっきりとしたことは分からないし言えないけど、そのような視点を持たなければ、鍛冶屋が鉄を叩いて経験値を得たり、貴族が名声や栄誉で経験値を得たりする道理に至らないからだ。


 では、モンスターの立場からそんな経験値を得る方法、言い換えれば仕事とは何なのか。

 人を襲うことだと俺は考えている。


 だから、あいつらは人間の転移先である教会を占拠する。

 何度も何度でも人を襲えるからだ。

 そして、デカルトさんからこの教会の話があった時のこと……であるが。


 俺は黙々と進むカレンの背中に、その時のことを振り返り投影する――。


 魔王討伐作戦の概要を説明するデカルトさんの声しかない部屋。

 耳を傾けあれこれ考えていた俺は、ふと側のカレンへ目を配った。

 なんら意味があったわけではない。

 ただなんとなく、自分の思考が落ち着きを見せた故の行動だったと思う。


 そこでは正義感からくる憤りからだろうか。

 カレンは肩を張り、拳を堅く握りしめていた。


 いつかの自分の不甲斐なさを責めてのことだろうか。

 カレンは唇を噛み締めていた。


 一つとは言えない表情であっても、その主たる感情が怒りだと汲み取れる。

 それは魔王にか、自分にか、どちらへ向けてのものなのか。


 正直なところ、俺の魔王へ対する嫌悪はカレンのそれとは程遠い。

 けれどだからと言って、わなわなと震えるこの様を目の当たりにして、何も感じない程俺は馬鹿ではないし、鈍くもない。

 俺は――す、と側に寄り彼女の名を口にする。


「なあ、カレン、俺は実際にこの目で見たわけじゃないけれど」


「イッサは……殺される痛みと恐怖を永遠と味わわせることが、どんなに苦しく酷い仕打ちだか分かりますか。帰るべき場所を破壊され焼き払われ失うことが、どんなに辛く不安なものか分かりますか」


 名はそこにあったが、俺とは違いカレンはその相手を瞳に映さない。


「……私がそのすべてを理解することは叶いません。ですが、私にはそれを食い止められる強さがあります。私にはあったはずなんです。あの時私が魔王を倒してさえいれば、話のような状況には。……私がこうしている間にも、私が」


「カレンっ」


 互いの高くなる声が、この場の進行を妨げていたのは背中と肌で感じた。

 でも今は、構う必要もない。


「それは思い上がりだと俺は思うぜ。無理だよ。こんな小さな手じゃ、いろんなもんが溢れちまう」


 カレンの手を取り、その平をどこかを見ていた瞳に見せた。


「だからさ、俺の手を使えよ。皆の手を使えよ。上手く言えねーけど、カレンのこの手はいつか差し伸べたあの時じゃなくて、俺達と一緒にこれからの時に伸ばす手なんじゃないのか。そうだろ」


 精一杯考えての言葉ではなかった。でも、精一杯の想いだけは込めた言葉だった。


 カレンの唇が動く。

 音はあったのかも知れない。

 カレンからは聞き取れないそれを贈られ、手を握り返された。

 どうやら、これをもって返答とするようだった。


 多少は柔らかくなった顔を見る限り、安い買い物にしては申し分ない結果を得たようである。

 後は俺が乾いた笑いで場を取り繕い、軽い頭を下げるだけでいいのだから。

 そして、俺がカレンに真摯でありさえすればいいのだから。

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