第13話 野良。そして、旅立ちの朝



 ここでの冒険者とは、冒険者ギルドに登録した者。

 登録者には職業が与えられ、その恩恵として職業に適した技スキルなどを覚える。

 そして、仕事内容は主にモンスター退治。

 この仕事内容もあって、冒険者は『地元の人』が少ない。


 どういう理由からかと言えば、この世界の教え、宗教的な部分でもあるんだろうな。

 教会送りがある世の中であるが、死の概念は存在する。

 だから、死後の世界とかも考えられている。

 天国とか地獄とかの話だ。


 ざっくりした話だと、生涯でどれだけ生き物を手に掛けたかで、その死後の行き先が決まる。

 この辺は徳を積むと天国、悪いことをすると地獄に落ちますよ、の感覚だな。

 それで、みんなの憧れ天国行きのチケットを手に入れるには、できるだけ無殺生でその時までを送ることがとても大切らしい。


 しかしながら、この世界の神様は寛容なのか、生き物の中にモンスターも含まれるとしている。


 モンスターの大半は人に害する存在であるからして、駆逐したい人間側であるがそうなれば天国行きが遠のく。


 なので、人々は冒険者ギルドを作った。

 そしてそこに、神の意志を介在させた――と、これまた簡単に言えば、ギルドに登録した者は、神様に選ばれた特別な人間ってこと。

 俺達の職業って女神像からのお告げで決まるのだが、たぶんこれが神様から選ばれたってことの意味になるんだろうな。


 モンスターと言えども殺生は良くない。しかし、神様がモンスターをそうしてしまうことには問題ない。

 つまりは、神が選んだ冒険者がモンスターを倒す分には教えに背くことはない。

 都合の悪いことは神の名の元にチャラってヤツだ。


 なんつーご都合主義な信仰だよって話だが、案外世の中そういうものだと俺は思っている。


 それで、やっぱり俺以外にも祭り上げた神様は胡散臭いと思う者は多いようで、『地元の人』はギルドの神様を認めながらもいざ、自分が冒険者になるのは嫌らしい。

 故に、この世界の神への信仰心がない『外の人』が冒険者には多い。


 そして、この成り立ちがあるからなのか、結構俺達冒険者への待遇は良かったりする。

 『地元の人』からすれば、なんだかんだで冒険者ギルドや冒険者の存在はありがたいからだろう。


 ただし、『野良ノラ』には手厳しい。


 基本自ら登録を抹消する者いないので、野良とは、ギルドから職を奪われた者と言っていい。

 この野良=無職になってしまうと様々なデメリットがある。


 当然、ギルドから発注されたクエストは受けられす、ゴールドも稼げなくなるわけで生活苦に陥る。

 なら、別の仕事をして稼げば良いのだろうが、神様に選ばれたる冒険者なるものが無職ともなれば、普通の人に戻るどころか多くの殺生を行ったただの罪深き人になる。

 世間からの風当たりは恐ろしい程に強くなり、仕事なんて果たしてもらえるだろうか、という有り様になるだろうなきっと。


 要は死んでも野良にはなるな、てことだ。


 てか、教会送りなる分はいいけど、俺達『外の人』でも餓死や病死では普通に亡くなるらしいから、野良はそっちの死に片足突っ込むことになる。


 だから。


 そう、だからこのギルドからの要請には死んでも応じなくてはならない。


「くそ、自分の高レベルが悔やまれるっ。畜生98だったらな……行かなくて済んだのにっ」


 どんと床を踏みつける。

 踏みつけてから宿の一室であったことを思い出す。

 一階の人、すまん。


「イッサは何故そんなにも嫌がるのですか? ジェミコルの要請に応じることは褒められることです。そして、私やイッサは今回のそれに応えられます。皆が羨む誇らしいことですよ」


「カレン。イッサに誇らしいとか、そゆ高尚的なものはないから。たぶん集まるレベル99の中に、自分が混ざりたくないだけじゃないのこのなんちゃって99は。あー、今は100だったっけ」


 ユアの言葉は図星だった。

 そ、他の99の中に混ざって自分のステータスの低さに惨めさを感じたくないだけです。

 カレンのような気持ちは一切ございません。


「なあ、風邪引きましたとかで、どうにかこうにか、なりませんかねユアさん」


「試しにギルドに風邪の診断書送ってみたら。ウチがギルドの偉いさんなら、その場で『はい、こいつクビ』って言うね」


「……だよな」


 俺でもそうする。


「もう覚悟を決めて行くしかないっしょ。言っとくけど、ウチら野良とはパーティ組む気はないよ。だよね」


「そうね~、野良冒険者がパーティにいると私達も宿に泊まれなくなったりするから。ここは非情かも知れないけれど、サヨナラするしかないわよね~」


 ノブエさんが胸の前で手を合わせ、ごめんなさいと付け加える。

 なんかフラれた気分を味わって、溜息。

 んで、この溜息は違う意味だから。

 分かっていますとも。

 もう行くしか選択肢がないってのも分かっていますとも。

 ただ、気持ちの整理にちょっと愚痴らないとやってらんなかっただけなんすよ。

 それに――、


「なあ、カレン。テレル山に行けなくなったのがさあ、なんか、嫌になるよな」


「……そうですね。そこは、私も残念な気持ちです」 


 ここから巫女サーシャのいるテレル山へは4日は必要とする。

 そこからギルドのあるベネクトリアまで6日足らずではキビしい。


「俺としては焼け石に水だとしても、ステータス値を少しでも上げてからこの緊急要請に臨みたかったんだよなあ」


「イッサの気持ちよく分かります。一体どんな内容の要請か分からない以上、万全を尽くして臨みたいところです」


 いや俺としては。


「あー違う違う。イッサは少しでもステ値上げて、周りからバカにされないようにしたいだけだって」


 と、俺の心をアナライズしたかのようなユアである。

 んで、カレンが返答に困った顔で俺を見る。


「どちらにしろ。テレル山へは行けません。強行すれば可能にも思えますが、もし期限までにベネクトリアへ着けなかった場合は、職の剥奪『野良』が待っています。ここは諦めるしかないでしょうね」


 カレンの決定に、異を唱える者はいない。

 そうして、俺達は話し合うことになる。

 招集されるのは、俺とカレン。

 ユアとノブエさんがこのままベネクトリアまで同行しても問題はなさそうだが、俺達は一時二手に別れることにした。

 理由はそちらが無難だろうというもの。


 俺はまだ訪れたことのないベネクトリアは、数あるこの世界の街の中でもいわいる都会。

 だから、お財布係のノブエさん曰く、都会は犯罪が多いからあまり大金を持って行きたくないわ~。

 で。

 ベネクトリア地域には手強いモンスターが多いと聞く。

 だから、レベル50未満のユア曰く、ウチ知らない土地で教会送りとか嫌だなー。

 などから、二人はベネクトリア行きに気乗りしないようだった。


 加えて、ベネクトリアでどれくらい滞在するのかもまったく予想が立たない。


 他にも思うことがあるが……以上のことなどから、俺はギルドから招集のかかるベネクトリア組と勝手を知る土地で待つザイル組へ別れる決断をした。


「本当にいいの?」


「問題なく。ずっと俺達の用事に付き合わせてるし、折角だから、ノブエさんにはこれを機に羽を伸ばして欲しいなあって」


「気にしなくてもいいのに~。でも、単純に戦力が半分になるってことよん? 私とユアは二人でもザイル辺りなら余裕だけど、あなた達はその逆なのよ。特にイッサはその理由からあっち方面には行ったことないんじゃなかったかしらん」


「その心配なら、たぶん大丈夫。この10日にあちこちからレベル99のいるパーティが集まるわけだから、幾らでも助けてくれる冒険者がいると思うから」


「うわ、自信たっぷりで他力本願だよ、この人」


 絵に描いたような呆れたって顔のユア、であるが。


「他力本願とは少し違うな。これは己を知り他者を知るってヤツだ。俺は頭脳で活躍する魔法使いだから、作戦みたいなものなのさ」


「そう言えば、イッサって魔法使いだったね。ウチ、てっきり忍者って思ってた」


「ここ最近のジュドラとの戦いでは、魔法使いらしいことはしていませんでしたからね」


 キシシとフフフの笑いがあった。


「でも、安心して下さい。イッサの案は理に適っていますし、ベネクトリアは私の良く知る場所です」


「そう、なら大丈夫ね。イッサをよろしく頼むわん、カレン」


「足を引っ張るようだったら、イッサなんて遠慮なく置いてっていいから」


 ユアの俺イジリが終われば、ザイル組は最後に『二人が戻ってくるを待ってるから』との言葉。

 話し合いはカレンの元気が良い返事で締められた。

 その傍らで、俺は羊皮紙を見る目を細めていた。


「しかし、レベル99以上か……」


 この上限突破者を含めるような文言に、俺は胸騒ぎを覚える。




       ◇ ◇ ◇




 早起きしたガーマでの朝。

 二手に別れることで旅に必要なものも幾らかあり、それらを準備するためだ。


 近くではカレンとノブエさんが地図を広げて話す道具屋の軒先で、べたんと座る俺は購入したばかりの荷物箱に細工を施す。

 屈むユアはそれを見ている。


 俺は平べったいランドセルのような箱の横に、輪っかを取り付けた。

 そうすることで、この邪魔な古代魔導師の杖が収納できるって寸法だ。

 どっこらせと立ち、よいしょと背負う。


「どうだこれ、おかしくないか?」


 杖を備え付けた道具箱をユアに確認してもらう。


「イイんじゃない」


 と、てっきりダサいとか言うと思ったが、そんなことを言われた。

 うーん。


「何よ。じーと人の顔を見て。またウチにコクる気?」


「だあ、ちょ、あの時はあれは告白とかじゃねーし――その話はもういいだろ。あれだよ。ユアがパーティ分けることによく納得したよなーって思ってさ。それで」


「言ったじゃん。ウチ知らないところで教会送りとかヤだし、勝てないモンスターのところにいても暇だし、何もしなくてもお金は減るんだから、そしたら折角貯めたゴールドも減るし」


「まあ、そうだけどさ……」


「はいはい、皆まで言うな、イッサ君。分かってるよー。イッサがユアちゃんと別れるのが寂しいってことは。だから、はいこれ。これをユアちゃんだと思って大切にするんだぞ、えへ」


 ユアからカエルのぬいぐるみを渡された。

 イッサはこれで、寂しい夜を迎えずに済むだろう、ってことなんだろうが。


「プレゼントのフリして、ていよく景品のカエル処分すんなよ」


「だってさーこのゲロ吉、全然可愛くないからさー、イッサにお似合いかなーって」


 返却はお断りですとユアは腕を後ろで組む。

 よって、俺の道具箱は圧迫されることになった。

 そこへ、カレンとノブエさん。

 話しながら俺達は街の出入り口へ。


「それでは、ユア、私達は行きます」


「うん。気をつけてね」


「ユアも」


「じゃあ、行ってきます」


「気をつけるのよ~、イッサって私のような女から見れば意外と好みの顔なんだからん」


「あんまり遅いと、別の魔法使い探すかんね。あとちゃんと、カレンを支えてやってよね」


 怖いこと言うノブエさんは脇を締めて小さく、支えられるのは俺のだけどなと返答したユアは頭上で大きく手を振る。


「いってらっしゃーい」


「いってきまーす」


 再会のある別れの言葉で手を振り返し、俺とカレンはベネクトリアへ向け旅立つ。



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