第12話 カジノの夜はこうして終わった



 俺達が衣装を借りた洋服店の一角、


「のぞいちゃ、ダメだかんね」


 とのユアの言葉で大きな布が閉められる。

 着替え室の中には、盗賊娘の衣装のユア、(変な言い方であるが)ノブエさんになったノブエさん。そして現実の世界と夢の世界を行ったり来たりしているカレンが入っている。


 漏れてくる声から、いろんな想像を掻き立てられるが、ノブエさんの声がいちいち俺を妄想の世界から連れ戻す。

 いや、それはそれで自制心を保つ手助けになったのだから、ありがたかったけど。


 ばっと、布が開き『終わったよー』とユア。

 等身大の着せ替え人形カレンが、いつもの騎士へと戻っていた――が、その様に凛々しさはなく、床へとへたり込んでいた。


「それじゃあ、あとはイッサよろしくねん」


 ノブエさんが言う。


「よろしく?」


「女の私に、カレンをおぶらせる気? 宿までは男のイッサがおぶるのが当然でしょう~」





 もうすっかりと暗くなった、街の通り。

 並ぶ家から溢れる明かりと街灯を頼りに、宿を目指す俺は、その背に眠れる美女ことうら若き乙女カレンを背負う。

 密着する体。

 だから、俺は背中を通して、柔らかな膨らみ感じる。

 と、俺の観ていたアニメのならこういうシチュエーションなら確実にそんなシーンなのだが、現実は世知辛い。

 背中にて感じるのは、鉄の硬さとその重み。

 教訓、鎧女子をおんぶすることは避けた方が無難のようだ。


「お、重い……いてっ」


「だからー、女子に重いとか言わない」


 俺の頭を叩きユアが言う。

 魔道士の杖をカレンのお尻を支える棒(別の用途としてはさっそく役には立った)として使う俺は、両手が塞がっているので叩かれ放題である。


「なあ、ユア。カレンからパーティ抜けるって言われたらどうする?」


「何、突然。……別にー、どうもしないけど」


「ぐえ」


 俺の喉が、首へ回される腕からきゅっと締め付けられた。


「何?」


「ああ、なんも。でもしかしあれだな、なんかお前のそれ、薄情な言い方だな」


 ユアが口元で人差し指を振る。


「チっ、チっ、チっ。分かってないなー、チミは。もうウチとカレンは――、

ええーカレンがパーティから居なくなっちゃうの!? ウチ寂しー、泣いちゃう、とかその程度の関係じゃないの。薄情とか失礼だよチミは」


「そうそう、私もカレンがもしそうなら、黙って草鞋わらじを用意するだけよん。旅立つ夫をそっと見送るのが良き妻の務めね」


「ノブエさんの夫婦の話はともかく、いつでも気持ちの準備はできているってことだよな。そうかあ。そんな感じなんだな」


「なんかしたり顔が、ムカつくんですけどー。大体なんで、そんな話を今更聞くんですかー」


 バシリ、バシリ、俺のヘヤースタイルを変えようとするユア。


「そうよね~。カレンがいつかはこのパーティを抜けて魔王退治に行くのは分かりきっているのに、変よね~」


「あ、いや。なんつう……か、そうそう、だからその抜ける時にカレンの性格だと俺達に言いづらいだろうなあ、てついこの間思ったわけよ。で、パーティリーダーである俺としてはだな。そういったことがないような環境を作るのも仕事なわけで、仲間同士の意見を円滑にだな」


「ああ、はいはい。もうイイから。イッサにはそういうの向かないから慣れないことはやんないやんない。リーダー的なことはカレンの役割なんだから、人のポジションは取らない」


 俺のリーダーの肩書って、ほんとなんなのよ。

 ユアの物言いにふてくされて俺は、スタスタと前を歩――きたいが、カレンを背負う俺にそれは無理なので、ユアとノブエさんの後ろへ。

 後をとぼとぼついて行く。

 それで、やっぱり起きていたカレンから耳元でこうつぶやかれた。


「……ありがとうございます」







 今晩泊まる宿の前で、俺はカレンを背から降ろす。


「どう、調子は?」


「お陰さまで。みなさんにはご迷惑おかけしました」


 夜風にあたったのが、良かったのか。一人で立てるようにまでは回復した様子のカレン。

 身軽になった俺はユアから『隠れ蓑笠みのかさ』を受け取り装備する。

 いつものスタンバイを済ませ、宿へ。


「ただいまー」


 とユアがの受付けのおばちゃんへ元気よく挨拶。

 それに連れられるようにしてぞろぞろとノブエさん、俺、カレン。


「ああ、ちょっといいかい。そこの蓑笠のお二人さん」


 おばちゃんから呼び止められた。


「あんたらは確か、レベル99の冒険者って言ってたよね」


「ええ、おっしゃるように……そうですけれども」


 なんだろ、おばちゃんが人生のいろんなことを知るようなその目で、俺とカレンを凝視する。

 俺達不審がられているよな、と思ている最中、おばちゃんはごそごそ受付け台の下を漁る。

 そこから出てきたのは、羊皮紙。


「はい、これ。ギルドからの『ジェミコル』。レベル99の冒険者に渡すようにってことだからさ」


 台の上へばんっと置かれた羊皮紙を受け取り、目を通した。

 赤いラインに囲まれた中に、文字が並ぶ。


「『ジェミコル』って冒険者ギルドからの緊急要請のことですよね」


 と言って、隣からのぞき込んでくるカレン。

 『ジェミコル』はこの世界の古語で、どういう経緯で日本語が通じる今になったのか、と俺に思わせるのだが、今は置いといて。

 冒険者になる時にあった説明会を思い出すと、確か三段階に分かれたギルドからの呼び出し書だったか。

 それで、赤はとっても重要なので、それだけでも覚えておいて下さい、と講師の人が言っていたような気がする。


「おばあにはよく分からないけれどさ。その『ジェミコル』ってヤツは大変な時に出回る物だろ」


「ええ、そのような物のようですね。過去にはモンスターが大量発生したり、変異種が出現した時などに発行した例があると私は説明を受けています」


「あれかね。モンスターどもが躍起になって人狩りでも始めたんかね」


「何かあったのですか?」


「いやね、最近この宿を贔屓ひいきにしてくれてた小さなお嬢さんが、どうやらモンスターに襲われたらしくてね。別に珍しいことでもないけどさ、この話を聞いてからお嬢ちゃんからは音沙汰なし。それで、『ジェミコル』のお触れだからちょいと勘ぐってみたのさ」


 カレンの尋ねにおばちゃんはそう言う。

 ガーマには教会がないから、被害にあったらしいお得意さんがモンスターから逃げられたのか教会送りにされたのか、知る由もないんだろうが、単にカジノで遊ぶ資金がないから、音沙汰がないだけなのでは? と俺は思う。

 『ジェミコル』とは関係ないだろ。

 たまにいるよな、こういうなんでもかんでも話題を繋げたがるような人。


「たまたま忙しいだけで、きっとその内、お得意さんもここへ顔を出しますよ」


 俺はそれだけおばちゃんに言って会釈。

 はやく行こうぜと、みんなを部屋へと連れて行った。

 そうして。



【緊急招集】


 冒険者ギルドに所属するレベル99以上の者は、10日後の来月初めまでに本会館があるベネクトリアまで来られたし。


 尚、今回のジェミコルは最高重要度のものである。

 応じられない者は、規約にある条項に該当する者以外、その職を契約に則り剥奪する。



 再度羊皮紙の内容を確認する俺は、うんざりするのである。






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