第10話 ガーマの街へゴーゴー



       ◇ ◇ ◇



 カジノ街として有名なガーマ。

 湖畔をすぐ近くで望めるその街の規模は、他のそれらに比べると小さい。

 だが、名前から想像できるように、他の街にはないカジノが営われる。

 また教会がない街としても珍しいかな。


 ただ、この部分は街の成り立ちから、自然なことだろう。

 『地元の人』の話じゃ、街があって教会が建ったのではなく、教会が建つところに街ができたらしい。


 元になる教会は誰が建てたのか頭を傾げるところではあるが、モンスターに襲われた結果、教会送りになるのは『地元の人』も一緒で、

教会には嫌でも人が集まり、大きくなる集落はそのうち街へと発展した。

 道理かな。


 それで、ガーマの街は教会とは関係なくしてできた街になる。

 だから、比較的歴史の浅い街ということになるのかな。


 まあ、成り立ちうんむんはともかく、教会としては、そのイメージに賭博とは無縁であって欲しいだろうし、この街には教会がないことのほうが健全かもな。


 もしあったらあったらで、パーティの所持金を持って教会送りになったヤツがそのままカジノへ直行――と、

 冗談はいいとして。

 この街、人がいっぱいである。

 その内訳は、ほとんどが一環千金を求めてやって来た旅行者で占められる。

 俺達もその中の、儚い夢をみる一行だな。


「ふふーん。どれにしようかな。カレンどれがいいと思う?」


「ユアにはどれも似合いそうですが、艶やかな色の物も良いのではないでしょうか。私には着れそうにないですけれど、この赤のドレスなんて、ユアに似合いそうです」


 洋服屋、いいや冒険用の服など一切見当たらない、金庫まで備える高級洋服店に俺達はいた。

 そこでのユアとカレン会話である。

 タキシードっぽいような、貴族が着てるような服っていうか、きっちりかっちりした衣装に身を包む俺は、

どれでも大して変わんねーから早く決めろよ。

 と、思ってはいるものの、それを口に出すのは憚られるのをしているくらいには大人の男である。


 それで、俺達がこの店で服を借りるのは、カジノが行われる遊技場へ入るためだ。

 いつもの格好じゃ、ドレスコードに引っ掛かるんだよね。


「ねえ~ユア、カレン聞いてよ~、ほんと嫌になっちゃうっ。

このお店、私のサイズに合うドレス置いてないって言うのよ。私そんなに大柄じゃないのに、失礼しちゃうわ」


 珍しく腹を立てる模様のノブエさんの隣では、若い店員さんが困り顔であった。

 俺も貴方の立場だったら、その顔になるな。


「ノブエさん。なんつーか、あれだよ、サイズが合わないってノブエさんのスタイルが特別だから合わないってだけじゃないの? ノブエさんって胸板――ぶるぶる、豊満な胸囲からすれば、信じられないくらいきゅっと締まったウエストだし、たぶんそういうことなんじゃない」


「あら~、やっぱり私ってそうなのかしらん。う~ん、仕方ないわね~」


 どうやら、少しは機嫌が戻ったようだ。

 そうこうして、各々服を選び終えた仲間達のお披露目が行われた。


「どうよ、イッサ。ユアちゃんに惚れ直したっしょ」


 ユアがくるりと回り、その赤いドレスのスカート膨らます。


「まず俺が惚れてる前提になってんのがおかしいぞ」


 だが。

 くそ、可愛いじゃねーか。

 女は化けるから、とか耳にするけど、ほんとに化けやがった。

 ユアから女性らしさを感じてしまう。

 そこへ、す、と胸元で両手を抱くカレンが登場する。


 薄い紫色のグラデーション。

 紫陽花を彷彿させるドレスに飾られるカレンは、はやり可愛く……、


「綺麗だな……」


 ぽろりと、こぼした感想に、


「ありがとう。ふふ、イッサのそれもとても似合っていますよ」


「マゴにも衣装ってヤツだよねー」


 相変わらず一言が多いユアのそれが耳に届いた時である。

 後ろに何か大きな気配を感じた。


「二人ともとても似合っているな。普段もステキだが、今日は一段と輝いて見えるよ」


 明らかに男性の野太い声だった。

 でも、これ俺じゃねーから。

 振り返れば、どこぞの渋い俳優のような正装するダンディがいた。


「おお、ノブっち、なんかキリっとして漢って感じだね」


「本当はユアやカレンのように可愛いドレスを着たかった。しかしそれは叶わず男装するしかなかった。だが一度ひとたび男装すると決めたのなら、女の意地にかけて、男として振る舞わらないとな」


 聞きようによっては、ただの変態の発言としか思えないばかりか、ちぐはぐなことも言っているようなそれ。

 普段の濃いアイラインとかチークとかを落とし、メイクダウンしたノブエさんであってノブエさんではない、ノブヒロさん。


 そして、ノブエを改めたノブヒロさんは、


「じゃあイッサ。この綺麗なお嬢さん方を遊技場へとお連れしよう」


 ぽかんと口を開けたままの俺に、カッコよく言い放つのだった。







 カジノといえば、きらびやかなネオンに夜景と夜の匂いが漂うものだが、今は空が赤く染まる夕方である。

 さっきの洋服店で仕入れた話だと、時間的には問題ない。

 ただ、気分的にはやっぱり、カジノは夜だよな。


 しかし、建物自体はゴージャス感満載でいい感じだ。

 遠目で見れば、中央にドーム状の屋根を持つカジノ。

 広さはは教会くらいありそうだ。

 そして、明らかに一般的な家とは違う門構え。

 城とまでは言わないそこには、左右に分かれて門番が立つ。


 俺達が近寄れば会釈をされ扉が開く。

 そこはロビーのような雰囲気で、まだ先にここからが本番ですと言わんばかりのテカテカした扉があった。


「アナライズされるかと思ったけど、大丈夫だったな」


「ここには貴族や富豪も訪れるような話でしたし、その配慮からではないのかと思います。代わりに入り口にいた者達からのあの視線。只者ではない鋭さがありました」


「だな」


 身体検査とまったく同じ意味を為すかは別として、アナライズされることに喜びを感じる人間よりは嫌う人間のほうが多いからな。

 カレンとこっそりそんな会話をしていたら、もちろんなのか、テカテカ扉にもドア開け係がいて、さっと開いてくれた。


 初めは暗いの意で、


「くら……」


 そうして目が慣れると、クラクラするような世界がそこに待っていた。

 まさしく華やか、派手やか。

 行ったことはないが、俺の思うカジノの原型になっているザ・ラスベガス。


 まあ、ぱっと見回した感じ、スロットマシンとかそういったのは無さそうだが、ルーレットにカード、お酒に葉巻、そして、バニーちゃんがいた。

 やっぱりなのか、必然なのか。


「うさぎちゃんは、まさしく世界共通なんだな……」


「うさぎが何? それより、ぼーとしないでよ。まったくさっきから気が利かないよねイッサは」


「あい?」


「ほら、ノブっちみたく、ちゃんと女子をエスコートしなさいよ。こうゆの男の嗜みでしょ、タ、シ、ナ、ミ」


 俺の前では、大きな背中の紳士の腕につかまる赤いドレスの少女がいた。


「ええと」


「イッサ……。よろしくお願いします」


 腕に人の温もりを感じた。

 俺の腕に手を通すカレンのさらさらとした長い髪。それからいい匂い。

 で、周りの重厚な騒がしさの中に混じるその声も、これだけ近ければ聞こえるわけで。


「あのカレン」


「男の人に恥を掻かせるわけには……だから……そう、だから恥ずかしいことじゃない、恥ずかしくなんてない……」


 ボソボソ言って、俯き歩くその顔は薄暗さもありよく見えなかったが、なんだか赤いようにも思えた。

 そしてそれは。

 鼓動の高鳴りからして俺も似たようなものか。


 やはりカジノとは、予想通り興奮渦巻く場所であった。






「じゃあ、いっちょ稼いてくるぜい。行くよっ。ノブっち」


「俺達を待つ間、イッサとカレンはそこのバーカウンターでくつろぐといいだろう」


 ユアと、(変な言い方だが)男装するノブエさんは俺達を残し、武器をチップに代えギャンブルという勝負に挑んでゆく。


「ノブエさん、もはや別人だよな……。んじゃ、俺達は言われた通り、あっちで待つとしますか」


「はい。二人とも良い結果になるといいですね」


「まあな。ユアはレベル100分くらいは、ここで稼いでくれるらしい」


「うふふ。それは楽しみですね」


 そうなれば、ウハウハである。

 でも、世の中そんなに都合良くできていない。

 十中八九、『あははは、負けちった……』とションボリ顔で戻ってくるのがオチだろう。


「しかし、ユアは余程ここへ来たかったのですね。活き活きとしています」


「カジノで活き活きって聞こえ悪いけど、楽しみにしてたからなあ……あいつ。これのご褒美があったから、ジュドラ狩りもテンション高かったし」


 元々、カジノへ行こうと言い出したのはユアだった。

 前から一度は遊んでみたいね、と言っていたが、その時は金策としての意見だった。


 確かに、勝てればジュエルドラゴンよりは効率よく稼げる。

 一晩で1億を手にしたとかの話を聞くからな。

 けどまあ、言わずもがな、この案は3対1で反対数が多い結果になった。


 しかし、俺のパーティは多数決が絶対の正義ではない。

 200万ゴールドを達成したあかつきには、カジノで遊ぶことを決めた。

 仮に勝てれば資金が増えるし、負けてもユアとノブエさん各々へ渡してある10万ゴールドが泡になるだけだ。


 俺やカレンのために頑張ってもらった額としては全然足らないくらいだが、彼女と彼には思う存分楽しんで欲しい。


「それでイッサ……その、少々改まった話になるのですれれども、私の話を聞いてくれますか。その、こういう場所では、とも思ったのですが、宿へ帰ればユアもノブエさんもいますし……」


 カウンターテーブルへと席につけば、何やらカレンが思いつめた声で言ってくる。

 目が合えば、さっと逸らすようにして下を向く。

 それは俺を見たくないからとかの類ではない感じだ。


 ならば、と俺は思う。

 そんなはずはないよな、と繰り返し思う。

 更に思い込みも度外視して思う。


 結果、俺に思いも寄らなかった春が来た。

 大学の合格発表より早く、サクラサクが来たようだ。


 今の今まで気づけなかった。

 カレンが俺のことを好きだったなんて。


 確かに最近よく笑顔を見せてくれるし、さっきは顔を赤くしてた。

 そんでもって、二人っきりなこの状況で、あいつらがいたら困ると言う。

 乙女が、恥じらうようにしてその潤む目を逸らしたんだ。

 どお――――――――考えても。


 間違いない。


 俺もそこまで男女関係に疎くはない。

 この感じ。告白の雰囲気だ。

 今のカレンは、俺の観ていたアニメのヒロインとそっくりだからだ。


「なあカレン。場所とか、そんなもの関係ないさ。ムードとかは大切だけどさ、一番はタイミングだろ、そうタイミング。言える時に言う。それが大事」


 多少作った声になり過ぎてしまった……が、問題ない。

 この後、『私、イッサのことが好きでした』で俺は即答でイエス。

 シミュレーションは既に脳内で済ませた。

 さあ、俺のほうは準備万端だ。

 さあ、こいっカレン。


 今、その柔らかそうな唇が開く。



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