第8話 巫女再び。上限突破の先にあったもの



       ◇ ◇ ◇



 迎えに来てもらっただけであるが、ユア達と合流した俺は早速、戦利品を売りゴールド増やした。

 そして、3日目の朝には、テレル山にある神殿を目指していた。


 いつかの時と違い、俺は先頭に立って皆を引き連れ山道を登る。

 サーシャことサチコちゃん(アナライズで知る)がいる神殿が見えれば、その足は更に加速した。


「こんにちは、冒険者さん。こちらへはどのようなご用件で」


 メイド服の女性が言う。

 その彼女と一度目と似たようなやり取りをして、焦る思いを押し殺し奥へと突き進んだ。

 大広間の一番高い床では、ソファのように柔らかそうな椅子に座るサーシャがいる。

 俺達が20万ゴールドの入る革袋を渡せば、それを膝に乗せチャリチャリ中身を確認し始めた。


「うむ。しっかり20万ゴールドあるようじゃな。では、騎士カレンと魔道士イッサのレベル上限を上げるとしよう」


 サーシャはひょいっと椅子から飛び下り、俺達の前に立つ。

 隣を見れば、カレンが片膝をついて頭を垂れていた。

 顔を正面に向け直せば、サーシャがオホン、と咳払いをしたので、カレンを真似て俺も大理石の床に膝をつく。


 そうして、始まった。


 歌だ。


 それで、なかなかに上手うまかった。


 ただし、演歌だった。


 俺は日本の世界に誇れる音楽ジャンルに物申すつもりがないが――


「……なんだかなあ」


 である。


 しかししかし今はそんなことより。


「おお、体が赤く光ってる」


 レベルUPの時のように、体を縁取るように走る赤い光線。


「終わったぞ」


 その言葉とともに、こぶしをきかせた歌も終了していた。


「ええと、終わりっすか。以外にあっさりだな」


「妾の歌にアンコールはない。サインもなしじゃ。しかし、ファンレターは好きなだけ書いて送ってもいいぞ」


 歌手きどりの子供の戯言には耳をかさず、俺は早々にコンソールを操作して確かめていた。


 《次のレベルUPに必要な経験値は――》


「うお、うおおお、0じゃなくなってるっ」


 加えて、懸念していたこともクリアされているようだ。

 もしかしたら、果てしない桁数で9の数字が並ぶんじゃないかとの不安オチがあったが、そこには妥当な感じで数字が並んでいる。


「ねえねえ、どうなのどうなの? 本当にレベルの上限って上がった?」


「待て待て、あいや待たれい。落ち着けってよ。まだあれだかんな。まだ、とにかく落ち着けっての。急かすな」


 画面からは目を離さずユアに言い放ち、レベルUPする時のボタンを、


 ポチリ。


 俺の体が今度は、レベルUPした時の光色で縁取られた。

 そして――。


「ふお……ふおおおお。『5』か!? これ5って数字か!?」


 ユアを引っ張り寄せ自分の画面をのぞかせる。


「うげ、マジじゃん。マジでレベル上がってる!? 上がってるってことは」


 顔を見合わせる俺とユア。


「「いえーい」」


 ハイタッチした。

 それからそれから、俺の興奮はまだ止まるところを知らないっ。

 奇跡の最高ポイント『5』が、どうステータスに振り分けられたか見ようと画面を触れば。


 『+10』の数字。


「これか、これなのか。これが噂に聞くボーナスポイントってやつなのか、だよな……くうう」


 怖いくらいの幸福感にクラクラする頭。

 俺はこのまま卒倒するんじゃないだろうかと思った。


「良かったね、イッサ、ちょ」


「ありがとう。ありがとう。俺生きてて良かった」


「……もう、大げさなんだから」


 ぎゅっとユアを抱き締めた。

 なんていうか、世界中の人達を抱擁したい。


「あの……いいでしょうか」


「どうしたの、カレン」


 ユアの声に釣られるようにして振り返る。

 そこには、ぴんと腕を伸ばし挙手するカレン。

 その目は訝しげに四角い画面を見ていた。


「私、レベルを上げてみようとボタンを押してみたのですが、少しおかしいなことになっていると言いましょうか」


「え、何、カレンのほうは上がらなかったの!?」


「そうなのか? ――あっ、あれじゃないか、経験値っ。カレン経験値足りているか!?」


 ユア、そして俺。


「いえ、経験値は問題なくてですね、レベルも上がってはいる様子? なのですが、ポイントの数字がどうみても『9』なのです」


 その言葉に俺とユアがカレンの見る画面をのぞき込む。


「うーん、どっからどう見ても『9』だねー。イッサにはどう?」


「……逆さから見ない限りは『9』だな」


「変ですよね。コンピュータで聞く、バグというものでしょうか」


 大いに変ではある。

 1~5の数字の間に、9も6も入らないからな。

 カレンの言うように……バグかあ。

 ゲームちっくな世界だし、それっぽいちゃーそれっぽいが。


「イッサ、ユア、カレン。ちょっとこっちいいかしらん」


 俺を含めた悩める3人にノブエさんからの声。

 す、と顔を向ければ、苦々しい顔のノブエさんに、その隣――からちょい下。

 腕を組み、だんだん、と足しを床に叩きつけるチビっこがいる。


「近頃の小童どもは、ところかまわず騒ぐばかりか、礼を述べることも知らんようじゃの」


「ええと……なんか、すんません」


 小さな巫女サチコちゃんは、ご立腹のようであった。








 

【レベル100 イッサ――魔法使い】


 体力値……38


 攻撃力……33


 防御力……29


 魔法力……36(△47)


 素早さ……41


 器用さ……38



「欲を言えば、器用さに偏った分を防御に……そうすればオール30以上……ぬふふ。でもまあ、まさか、40の数字が拝めるとは思わなかったしな……ぬふふ」


 ステータス画面を見ながら、足取りも軽く下山する俺。

 うーん。何度見ても同じだし、そんなに高い数値が並ぶわけでもないが――とても楽しい。


「さっきからニヤニヤ、キモいんですけどー。聞こえてますかー、キモッサ君」


「ああ、聞こえてる。自分でも相当ニヤけ面なのは自覚してっから、好きなように呼んでくれ、どわ。何、邪魔してくれてんだよ」


 浮かぶ画面からユアの顔が出て来た。

 と、いうか、画面が浮かぶところへわざわざユアがその顔と体を重ねていた。


「別にー。これからの話に、ウチじゃなくてこれが邪魔だろうなーって思って。集中できないでしょ」


「これからの話って、レベル”上限”上げに必要なゴールドを稼ぐ。それだけだろ」


「それだけだろって、イッサはムカついてないの? あんなの詐欺だよ詐欺。20万も払って、1つしか上限上げてくんなかったんだよ、あのチビっこっ」


 ユアはプリプリと怒る。

 しかしそこまで、腹を立てるようなことかね。


 ユアが言うように、”1人10万ゴールドで、1つだけ上限を引き上げる内容”だったことを知った時は『なんだって!?』と驚いた。

 けれど、詐欺とまでは思わない。


 実際にレベル99は100とすることができたし、これで打ち止めってことでもない。

 それに、以前カレンやノブエさんが言ったように、レベルの上限を引き上げる値段にしては10万ゴールドは破格だ。

 こうして『1つの上限上げが10万』だったことのほうが、しっくりくる金額とさえ思える。


「ああもう、このロリコンのロリッサじゃ話になんない。ねえねえ、カレンは? レベルが1つ上がったところで99とあんま変わんないじゃん。悔しくない?」


「そうですね……確かに1つではそう変わりないです。ただ、巫女の力については、ある程度こちらの思惑とは違うことになると構えていたので、私はサーシャに腹立たしさは覚えませんでした。そして悔しいよりも、今は確実な希望に心躍る思いです」


「カレンってば、お人好し過ぎだよー。ノブっちー。ノブっちはウチと一緒の気持ちだよね。あれ絶対詐欺だよね。ウチら詐欺られてるよね? だいたい――」


 ユアの苛立ちの矛先は、後ろのノブエさんの元へ向かっていった。

 すると、カレンが俺の側へやってくる。


「しかし驚きましたね。レベル100からは、レベルUP時に獲得するポイントが最大で10になるだなんて」


「ああ、それね。まあ、実際にレベルの上限超えた奴しか知り得ない情報だから、驚くのが普通だろうね」


 たぶん話したくて仕様がなかった様子のカレンに、どこか素っ気なく応えてしまい、ちょっと後悔。

 折角、ユアに気遣ってこっそり話してくれたのに申し訳ない。

 ただ自分を弁護するつもりはないが、俺の心境としては微妙なので、その辺はカレンにも分かってもらいたい。


 サーシャの機嫌を取って解いたカレンの『9』ポイントの謎は、未知の領域のルールによるものだった。

 しかしながら、サーシャも自分が上限を引き上げた人達からの考察だろうから、絶対に正しいとは断言できない。


 それでもどうやら、レベル100からはレベルUP時に【1ポイント~10ポイント】の範囲で抽選が行われるようだ。

 仮に10ポイントならボーナスポイントは+20じゃろと、サーシャは予想していた。

 これを踏まえれば、ボーナスポイントの加味は『5』と『10』の時に起こり得るようだ。


 そんな訳で、俺が狂喜乱舞しそうになった『5』ポイントは、蓋を開けてみれば最高値ではなく真ん中に値するもの。

 ボーナスポイントがなければ、今頃カレンを羨んでいたこと間違いなしだったイマイチなものであった。


「けどま、あれだよな。10ポイントまでになるのも魅力的だけど、なんたってこれからは、ゴールドで確実に上限を上げられるのが一番の魅力だよな」


 そう、ゴールドさえ貯めればレベルを上げる余地が生まれる。

 経験値を持て余す俺としては、ゴールドさえあれば幾らでもレベルを上げられる。


「そうですね。希少なアイテムなどを要求されないところには救われます」


「そうそう。だから俺としてはなんて良心的な子なんだろ、って思ってるよあの子」


「ふふ、それユアに聞かれたら、大変ですよ」


 俺はハハハと苦々しい笑い。

 カレンはクスクスと、口元に手をあてがって笑う。

 それから、俺達の話は神殿にいたメイドの女性の話題になった。


 名前はアケミさんと言ったか。


 俺達はそのアケミさんから、去り際にちょっとしたお願い事をされていた。

 それは簡単なもので、サーシャのことはあまり口外しないで欲しいとのものだった。

 それでこれ、サーシャ本人の頼みとは真逆だったりする。


 サーシャは俺達のレベル上限を上げた後、『感謝の気持ちがあるなら、周りに妾の事を知らしめ宣伝して参れ』と偉そうに言っていた。


「私はアケミさんの危惧は理解できます。アケミさんの言葉を借りるなら、サーシャの特性スキルはこの世界の理を超えるものです。彼女と同じく私にも具体的な説明はできませんが、その事が世間に広まることは、危険性を孕むもののような気はします」


「だから、なるべくサーシャには目立つようなことは避けて欲しい、とアケミさんは本人にも言ったんだろうが、あのサーシャの様子だと聞く耳を持ちません。そんな感じだな」


「ええ。きっとそうなのでしょうね。サーシャとしてはどうやらもっと、レベル上限者を募りたいみたいですし」


「あいつからすれば俺達は、ネギを10万ゴールドに代えてせっせと運んでくる鴨だからな……で、どうする?」


「私はアケミさんの申し出を尊重しようと思います。イッサはどうします」


「俺? 俺もカレンと同じだけど、ただ俺のは自分から言いふらかしたりはしないようにしようかなー程度」


「私もその程度ですよ。特に墓場まで持っていくようなつもりでは言ってはいないです」


 お互い笑った。

 ふと、こうして笑い合うことが自然になったことに気づき、なんかほっこりした。


「同じ、あ、いや、もう100だから違うか。レベル99の他の冒険者には後ろめたい気持ちがなくもないけど、さしあたってはユアだな」


「ええ、ですね。ユアの口を重くしないといけません」


 この日の山道は、カレンの笑顔が絶えなかった。


 それで、宿に戻ってこのアケミさんの思いを尊重することが、この世界ではやや難しいことを知る。

 料金が発生するところには、必ずと言っていいほどある見透かしの水晶。

 アナライズされることで、簡単に俺達のレベル100はバレてしまう。

 さてさて、『故障ですかね』の笑顔、で誤魔化せるだろうかね。



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