第7話 ジュドラ前線はこうして終わりを告げた






「うだあっ」


 俺は雑草の生える大地に寝転がる。

 とにかく疲れた。


「なんとかなりましたね」


「そうね。ギリギリだったけれど、なんとか倒せたわね」


 頭の方では、カレンとノブエさんの声。


「うお、デカ。ねえねえ、この赤いのが『輝く赤石』?」


 足元の方では弾むユアの声。


「はい。それが『輝く赤石』です」


 そうか、当たりだったか。

 ジュエルドラゴンとの戦いに夢中になり過ぎて忘れるところだったが、これが本来の目的だったっけ。


「イッサも教会送りにならずに済んだことだし、幸先いいわね~」


 空を見上げる俺の目に、角刈りのおっさ――乙女が。

 俺を見下ろすノブエさん。

 その反対側に対象的な小さく綺麗な顔があった。


「神がかり、そう言っていいような回避術でしたね。イッサは何か、そういった特訓でも積んでいたんですか」


「いいや別になんも。運動系の習い事とかもやってないし。つか、避けるなんて、人間誰しもが持ってる本能だろ。恐竜から襲われているようなもんだし、そりゃ俺の体も、緊急事態信号発動でリミッター解除の動きにもなるさ」


「そうよね。人間誰しも、一つくらいは取り柄があるものだわ~」


「ノブエさん、それだと俺が逃げる以外、他にないみたいに聞こえるすけど、ぐわ」


 どんと腹の上に、跨がり乗ってくる馬鹿がいた。


「ほらほら、見てみ、見てみ。これが『輝く赤石』だよー」


 俺に馬乗するユアが、野球ボールくらいの大きさの赤い宝石を見せつけてくる。


「わーたから、降りろよ。重てえだろ」


「女の子に重たいとか、失礼しちゃう男の子だねイッサは。だからモテないんだよ」


「はいはい、左様でございますか」


 ユアを退かすようにして起き上がる。


「しかし、ノブエさんが完全に回復役に徹した分、火力不足な感はあったよなあ。カレンの獅子の咆吼がなければ、結構キビしかったような……」


 『獅子の咆吼』は、カレンのライフゲージが30%以下になると発動し続けるブースト系の特性スキルだ。

 効果対象はパーティ全員で、敵に与えるダメージが3割増しになる。


 ちなみに、ノブエさんの『魅惑のウインク』は商売人が対象で、たまに値引きを誘発してくれる効果を持っている。

 念の為に補足しておくと、所有者の見た目は発動率に影響していない模様のようである。


「私としてはポコポコ敵を叩くより、みんなを癒やすことのほうが楽しいから、大変満足した戦いだったけれど、その点は感じるわよね~」


 ノブエさんの場合ポコポコってより、ドカドカだけどな。


「俺がもう少し『ティラゴ』を連発できたら良かったんだろうなあ。けど、避けるのに精一杯でさあ……」


「何しおらしくなっちゃって~。イッサはよく頑張ったし、役目はきっちり果たしてるわ。あの避けっぷり。うふ、今からでも忍者に転職できるんじゃないかしらん」


「そうそう、ガンバたー、ガンバたー。ここ最近じゃ一番役に立ってたんじゃないの」


「正直言うと、私もここまでイッサが期待に応えてくれるとは思っていませんでした。本当に頑張りましたね」


 うーん。

 あんまそう褒められても――素直に照れるぜ。


「あれだな。やっぱこう強敵にみんなで戦って勝利するって良いよな。アツいつーか。青春してるつーか」


「だね。ウチも結構燃えたよお。今までで一番レベル差ある敵だったしね」


「ですね。生き物を倒すことを楽しんでしまう事に、少しながら不謹慎な思いはあるものの、私もギリギリの戦いに身を置けることを楽しんでいました」


 カレンらしいのか、不謹慎と言えば不謹慎なの……かな。

 加えて、人に害のあるモンスターならまだしも、ジュエルドラゴンは高価な宝石を落とす、その理由から倒されるからなあ。

 あいつらに同情しなくもない。


 まあ、このモワっとした気持ちの拠り所として、倒したモンスターが俺達が教会送りになるように、魔界送り(正確には魔監獄という名の場所のようだ)になるらしいのが救いだな。

 ドラゴンも本当に死んでしまうってことじゃない。

 そういや、カレンの目的である魔王の場合はどうなるんだろ。


「あとあと~、こういった反省会も楽しいものね~。事後のトークって大切よん」


 なぜノブエさんは俺を凝視する。


「ねえねえ、イッサ。ウチさっきの戦いでレベルUPできるんだけど、『とっておき回復』どうしようか?」


 『とっておき回復』は勝手につけた呼び名で、レベルUP時による全回復を指す。

 ユアのどうしようかは、ライフやSP手段が限られているので、戦闘中ピンチの時にレベルUPしたほうが良いだろうかの意。

 ただ、ピンチを通り越して教会送りになった場合は経験値が半分、レベルUPできてたのにっ、と後悔することになる。

 結構このパターン多いんだよね。

 みんな、勿体ない根性が強いと言うか。


 ユアに『英雄の帰還』があったとしても、保険としては弱い。

 『ふんばーる』は一つしかないしなあ……ここはやっぱり、


「うーん。相手が相手だからな。とっておき回復に使うのは危ないかもな」


「うんうん、だよね。分かった」


 それだけ言って、ユアはコンソールを操作してピッ、ピッ。

 ユアの小柄な身体のラインを縁取るように光が走る。


「ちゃらら~ん。ユアちゃんはレベルが上った。美貌が3上がった。ユアちゃんはますます可愛くなった」


「3か、おめっとさん。んじゃま、ユアのステータスも上がったし、次の戦いに備えて動きますか」


 ドラゴン日和の空の下、和やかな一時。

 どこかの少年マンガではないが、一つ辛い戦いを乗り越えると仲間の絆は強くなる。

 そしてその体感は、とても心地よくずっと浸り続けていたいくらいだ。

 ただ、このままこの心地良さに呆けている訳にはいかない。


 今『輝く赤石』は一つ。

 俺達の戦いは、始まったばかりだ。







 ――俺達の戦いは、始まったばかりだ!

 と、意気込んだ俺の戦いは3回目にして終わりを迎えた。


 六芒星が描かれた石の床に立つ俺。

 さしあたっては、場所の確認だろうから、いつもの宙に浮かぶ四角い画面を操作して地図を見る。


 ウーゴの街で点滅する点があるので、俺はウーゴの教会に教会送りになったようだ。

 教会送りも、近くに聖なるほこらがあればそっちを優先されたりするので、この送られた先の確認は必須事項である。


「頑張って戦っていますか。こちらはウーゴの教会です。落ち着いたら返事下さい。送信、と」


 言いながら、俺は画面に言葉通りの文面を作成しそれを送る。


 俺はパーティメールと呼んでいるが、パーティを組んでいるとコンソールを通じて仲間へ文章を送れる。

 ケイタイや無線のような音声を送れるアイテムはあるが、所持していないので俺達の連絡手段はこれになる。


 んで、こっちの場所を伝えれば、後はひたすら仲間の迎えを待つだけ。

 パーティを組んでいる以上、教会からは出ることができない。

 お構いなしに外へ出ても、強制的にまた中へ送り戻される。

 パーティを解散すればそうなることもないのだが、パーティの契約は直接取り交わさないといけないので、またユア達を探さなくてはならなくなる。


 さらりと見回す。

 無駄ではないが、教会はやけに広い。

 恐らく教会送りになった人がすし詰めにならないようにだろうが、俺以外には参拝者っぽい老夫婦と、俺と同じ冒険者らしき二人組み……カップルだろうな、

なんかイチャイチャしてる男女しかいない。


「一日とちょっとは、待たないといけないからなあ。そういや、特殊能力で部屋から出られない女の子のヤツ続きどうなったんだろ……」


 こういう時こそ、マンガがあればなあ、と思いながら部屋の片隅にある長椅子に座る。

 トイレや簡易保存食も備える教会なので、数日くらいは余裕で引き込もれる環境にあるが、いかんせん娯楽がない。

 賢いと言うか、教会送りに慣れたパーティだと、メールで転移先を伝えた後に予め待ち合わせ場所なり、宿を指定するなりしてパーティを解散する者いる。


「俺もそうしようかな……」


 チクタクチクタク。

 おじいさんの時計かどうかはさて置き、長い針が上から下を向く頃になって、俺の元へパーティメールが届く。



【送信地:26548.365】


 イッサがいなくてもドラゴン倒せたよ。


 さて、今回のドロップ、輝く石と竜の卵どっちだと思う?



「ほんと、一言多いつーの……合わせて、輝く卵だと思います、と」



【送信地:26548.365】


 10点。君にはシツボウしたよ (´д`)


 センスないね。


 正解は輝く石でした。



「あいつどうやって顔文字作ったんだよ……」


 それと採点はともかく、

 輝く石でしたか。

 うほっ、マジか。

 三回で目標の2個が手にできた。

 上々の結果に顔がにんまりする。

 浮かれ気分を勢いに、俺は一時パーティを解散できないか、教会が暇なのでうんぬんの内容でメールした。



【送信地:26548.364】


 なんか、ムカつくからダメ。


 (`ε´)ぶーぶー


 勝手に抜けたら、もう仲間に入れてやんない。




 不明瞭な理由で却下された俺は――、



【発信地:20558.001】


 ウーゴの教会にてお待ちしています。


 道中お気をつけて。



 そう送って、俺が名ばかりのパーティリーダーであることを再認識した。

 イチャイチャするカップルを見ながらに、退屈な時間が流れてゆく。


「誰かスマホ作ってくんねーかな」


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