第4話 悩める俺達




「なんかあの子供、ムカつく」


 神殿の外、出入り口前。

 ユアから蹴飛ばされた小石が転がる。


「まあ、落ち着けよ。相手は子供なんだからさ。しかし、二人で20万ゴールドかあ、結構な額だな……」


 近頃まで俺達がやっていたクエスト報酬が、1000~5000ゴールド。

 泡を吹くような金額ではないが、そこそこ躊躇する額ではある。


「私としては、安いくらいだと思うのですが」


「そうよね~、私もそう思うわ。なんたってレベルの上限を上げるんだから。それってゲームで言えば、チートってやつでしょ? それこそこの世界の神様もびっくり仰天な力なんじゃないのかしらん」


 カレンの意見に、クネクネと身体をよじりながらノブエさんが応える。


「そう考えれば、安いというか、破格の額に思えてきた」


「ねー、値段もいいけどさー、ノブっちが言ってたけど、そもそもレベルの上限の話が嘘なんじゃないの。ノコノコやって来た冒険者からお金巻き上げてトンズラーって感じじゃないの。こうして、なんか払っても良いかな、って思う額が、余計詐欺の手口っぽいんですけれど」


「そんなことはないだろ」


 俺がそう言うと、頬を膨らます顔が返ってきた。


「まあ、聞けよ。一つにあのサーシャとかいう巫女。どうやら巫女は巫女でも神様に仕えるような巫女じゃない」


「どういうこと」


「俺さ、あの子供にこっそりアナライズしたんだよね。まあ、こっそりしたところですぐバレるんだけどさ」


 魔法使いの習性と言えばそうだが、初見の相手(普段はモンスターだが)へアナライズ《情報取得》するのは、癖の域である。

 んで、アナライズを受けた方は感覚として知ることができるので、断りもなく人相手に使うと大概嫌な顔をされる。


「それであの子、レベル20で無職の『外の人』だった」


「そうなんだ。ふーん、こっちの神官とかじゃないんだあのチビっこ」


「イッサ、どうして、アナライズで『外の人』とまで分かるのですか」


 と、これはカレン。

 そして、もっともな質問だ。

 ステータスにその辺の情報は載らないからな。

 けど、


「『地元の人』にはない、特性スキルがあったんだよ」


「なるほど。確かに私達と『地元の人』との違いには、そこがありましたね」


 カレンが言うように、『地元の人』にはないこの特性スキルは俺達『外の人』特有のもの。

 恐らく全く同じ効果はないだろう、特殊効果スキルを俺達『外の人』は必ず1つ持つ。


「んで、サーシャの特性スキルは『限界突破の歌声』だったんだ。いかにもレベル上限を上げそうなスキル名だろ」


「私には、苦しそうに歌うあの子が浮かぶだけだわ~」


 ノブエさんのちゃちゃに皆が笑う。

 でもって、カレンがいち早く真顔になり、間違いなさそうですね、と俺の予想を後押しした。

 特性スキルの名前って変なものが多いけれど、効果を匂わすものである。


「はーい、イッサ先生しつもーん」


「ユア君、どうぞ」


「なんであんた、ハイ・アナライズ使ってないわけ。予想とか要らないし。ハイ・アナライズなら効果まで知ることできたじゃん」


「ごもっともです……。なんつーか。アナライズ使った後、ハイ・アナライズは使おうとしたんだけどさ。なんでしょう、睨まれちゃってさ」


「うわ……相手子供なのに、ミジンコレベルのヘタレっぷり。ひくわー」


「ビビったとかじゃねーよ。あの子の機嫌損ねて、上限を上げる話はなしじゃ、とかなんとか言われたら元も子もないだろ」


「あの、我がままそうな感じなら言いそうよね~。初めっからハイの方、うふ、使っとけば良かったわね」


 どの部分がいかがわしいのだろうと、ノブエさんの言葉を検証したが、どうやら普通のようだ。

 確かにおっしゃる通りなんですけれど、SPの回復手段って限られているから倹約癖ついてるんだよね。


 ①、レベルUP時による回復

 ②、ポーションなどのアイテムにより回復

 ③、ヒーラーの譲渡スキルによる回復

 ④、時間による回復


 俺の知る限りこの4つで、①は問答無用で――ハイ消えた!

 だから実質3つ。


 それで、②のアイテムが一番使い勝手も良くて最高なのだが、いかんせん稀少過ぎる。

 ライフゲージを回復するのはまたに手にするが、SPの回復だと俺今までに、3回くらいしか使ったことがない。

 ちなみに、ポーション類はほぼほぼコーラとしか思えない飲み物なので、時に無性に恋しくなる。


 ③はヒーラーの技スキルによって、SPのポイントを分けてもらい回復する方法。

 こういうのもあって、非常にヒーラーは歓迎される。

 幸運なことに俺のパーティーには僧侶職のノブエさんがいるので、この回復方法ができる。

 でもしかし。

 ノブエさんってSPの最大値が極端に低いんだよね……20くらいだったか。

 それが理由で、以前のパーティーから除名されたとかなんとからしいけど。


 最後に④は、まんま時間経過による自然回復。

 何事も時間が解決してくれるってヤツだ。

 すんげーゆるやかだけどな。

 けど、俺のもっとも現実的なSPの回復方法はこれである。


「ねえ、ノブっち。今ウチら、お金いくら持ってるの」


「ちょっと待ってね、手帳を見るから~。急かしちゃや~よ」


 ノブエさんは背中に担いでいた道具入れの中をごそごそと漁る。

 元いた世界と比べれば便利なところもあるこの世界であるが、こういうところは不便である。

 こういうところとは、情報化しない物質の扱いだ。

 当たり前と言われればそれまでだが、お金とかもこの類で、ゲームだと数値で所持するがここでは硬貨として所持する。

 加えて、お金つまりゴールドには紙幣がないので、かさばるばかりか、


「今、12万ってところかしら~」


 ノブエさんのように帳簿をつけておかないと、一体今いくら所持しているのか即座にはわかり難い。

 そして、ここからは余談で、このように、一人を財布係にするパーティーの通例にも落とし穴がある。


 たまにゴールドを所持する奴がわざと死んで、教会へ転送された時点でパーティーを抜けるなんて話があるのだ。

 コンソールを開いてポチリポチリと操作をするだけで、パーティーからは離脱できる。

 罪の意識さえ克服できるなら、こんな簡単な金稼ぎの方法はない。


 とまあ、こんなのもあり、財布係は信頼できる信用できる人が選ばれる傾向にあるのだが、前衛職の戦士や武闘家は嫌うようだ。

 大金は物理的に邪魔になるのである。

 だから、後衛職が預かることが多く、俺達のパーティでは一番年上であるノブエさんへお願いしているのだ。

 ここ大事だよね。

 決して俺が、信用に足りない男だからではないのだ。


「カレンの分はあるね。じゃあ、ムカつくけどあのチビっこのところへ戻ろうか」


 と、ユア。


「そうだな――じゃねーよっ。俺は、俺のことはいいのかよっ」


「また今度ってことでイイじゃん。だって、イッサにはカレンみたく魔王討伐のような志ないんだしさ。なんとなくレベル上がったらいいな~、とかこんな感じでしょ」


 紛うことなき図星だ。

 だが、だがよ。


「俺がすんげー楽しみにしてたの、お前知ってんだろ……」


「じゃあ、レディーファーストってことでカレン」


「うぐぐ、メンズファーストしろよ、とまでは言わんが、せめてジャンケンとかクジとかにしようぜ」


「いえ、その必要はありません」


 俺とユアの間に、凛とカレンが割って入る。


「ゴールドのほとんどは、皆さんがコツコツクエストこなし貯められたお金。私よりイッサが筋でしょう」


「うおお、カレンありがとうっ」


「こら、ありがとうじゃないわよっ。ねえカレン、そういうのはナシ。ウチらパーティ組んでるんだからさ、パーティのお金はみんなのもの。他人行儀っぽいことはしない」


「そうユアから言われてしまうと……弱りましたね」


「盛り上がってるところごめんね~、ちょっと私の話を聞いてもらえるかしらん」


 手帳へあれこれ書き込む姿を見せていたノブエさんが俺、ユア、カレンの会話へ参入してきた。


「仮にどちらかをあのサーシャって子にお願いしたとして、残りは2万ゴールド。ううん~、切り詰めればやり繰りできない金額ではないけれど、ちょおおっと、知らない土地へ来てこれは心許ない感じ~」


 ノブエさんは言う。

 宿泊費、食費、旅費、エトセトラ。

 日々お金は使う。

 お金は減るものだ。

 だから出費があれば、クエストで稼げば良いのだが、一番近くの街の冒険者ギルドにどんなクエストがあるのかも分からないし、いつものクエストとは勝手が違うかも知れない。

 つまり、10万ゴールドを浪費した後、露頭に迷う――とまではいかないせよ、財布係としては遠慮して欲しいようだった。


「だから、ここはぐっとガマンして、必要な分のゴールドを貯めてまた来るの。どお? これが一番健全だと思うのお~、イッサとカレンどちらか選ぶよりも、2人で一緒にヤっちゃうってほうが、気持ち良いでしょ~」


「ねー、どうすんよのイッサ」


「どうするって、ノブエさんが言うんだったら……今回は諦めるさ」


 そう、それが正しい。

 どちらかなんて選択は、二択しかない時にすればいい。

 他に選択肢があって、無理にするもんじゃない。

 もしカレンがレベルの上限を超えたとして、俺はやっぱり羨ましがるだろうし、カレンのことだ、そんな俺に感じなくていい負い目を感じるだろう。

 逆に俺がレベルの上限を超えたとして、魔王討伐への想いが強いカレンの前では喜びづらい。

 そもそも、この話と巫女の所在を知り得ることができたのはカレンのお陰だしな。

 ……今更だが、さっきの駄々こねた俺を無かったものにできんかね。

 すげえ……人としての株が下落したような気がする。


「ゴメンね~イッサ。でもお、私のお願い聞いてくれて、あ、り、が、と。なんだったら、今夜だけは私を好きにしていいわよん」


「明日の朝まで考えさせて下さい」


「それで、カレンはどうする~」


「私もノブエさんがそうおっしゃるのでしたら、異存はありません。実際に巫女がいる。そして、噂は真実のようである。それらが確認できただけでも大きな収穫でした」


「ほんと、カレンって前向きだよね~。イッサに爪の垢しゃぶられないように気をつけてよん」


 そんな言葉で、俺達の話し合いは締められた。

 そうして俺達は、神殿にいたメイド服のお姉さんにまた来ますと伝え、テレル山を下山するのであった。

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