第3話 神殿の巫女
◇ ◇ ◇
テレル山にいる巫女を目指して、荒野や駆け、森を彷徨い、辿り着いた山道。
「ちょ、ちょ、ペース早い。もう少しゆっくり登ろうぜ……」
「男のくせに、情けないなー」
「仕方ねえだろ。俺は頭脳で活躍する魔法使いなんだからよ」
「こういう戦闘と関係ない体力ってレベルやステ値関係ないじゃん。
それにイッサって、大学受験失敗したって言ってなかったっけなー、いつ活躍したのその頭脳」
「失敗違うわ。合格発表前にこっちに来たから、結果を知らないだけだ」
俺とユアのやり取りに、先頭を行っていたカレンが近寄って来る。
「すみません。もうすぐ巫女に会えると思い、どこか急いでいたようです。団体行動を乱してしまい申し訳ありません」
「ああ、いいのいいの。イッサが悪いんだから。ウチはもっと早くても全然いいし、ノブっちも大丈夫だよね?」
「は~い、私はどんなに早くても大丈夫よ~気にしないわ~」
どうしてだろう。ノブエさんが言うと卑猥だ。
「でも、カレンったら、魔王討伐のためなら、どんな困難にも挫けず、どんな努力をも惜しまない感じだわよね。ある意味、魔王に一途よね~。私、一途な女好きよ。応援しちゃう。叶うことのない宿敵魔王との恋。う~ん、疼くわあ」
「最後は絶対悲恋で終わるよね」
楽しそうなノブエさんとユア。
それをカレンは暖かく見守る。
「でもさ、ほっんとカレンって、魔王退治に燃えてるよね。別に報酬とかないのに。なんかすごいね。勇者って感じだよ」
そう言ったユアに、俺も似たような感情だった。
魔王。
大方のゲームで言えばラスボスに位置し、倒すことがゴールであり、それがプレイヤーの目的である。
しかしゲームのような世界であっても、この世界の魔王はラスボスでもなく、ゴールでもない。
この世界の魔王は、モンスターの軍勢を率いて、街を襲い人々を襲う、もれなく俺のイメージ通りではある。
だが、それで街人の命が天に召されることもない訳で、話はちらほら耳にするが、遠くの火事より背中の灸である。
周りも俺のような感じで、ユアのような他人事な物言いでも薄情だとは誰も思わないだろうし、どちらかと言えば、いかにも勇者チックなカレンの方が稀有である。
「勇者ですか。なんだか心が痛いですね。私、今は魔王討伐に意気込んでいますけれども、昔は対岸の火事といった感じで他人事のようにしていたんですよ。しかし、実際に魔王の悪行を、人々の苦しみをこの目にして、私は自分の頬を叩きました」
覚悟の目が俺達を見る。
そんでユアが、
「だってさ、イッサ」
俺にふる。
「はあ? 何、なんか俺に言いたいわけ」
「どっかのレベル99はのほほーんと、雑魚モンスターを狩るだけで、なんだろ、そう志、志が違うなーって」
うぐ。
「お、俺だってまっとうにレベル99になってりゃ、魔王の一人や二人くらい倒しに行ってたさ」
「はいはい、負け惜しみー。そういうことじゃないんだよねー、心意気の話ね。こ、こ、ろ、粋っ」
「うふふ。本当にユアとイッサは仲がいいですね」
「そうなのよ~、私妬けちゃうわ~」
向こうでカレンとノブエさんが微笑んでいた。
その笑みに俺はそっと感想を漏らす。
「まさしく、美女と野獣だな……」
「ウチ、追加スキルのほうの上限がなくなるってオチあると思うなー、カレンは?」
「そうですね。私は、巫女はいるにはいたけれども、装備品にレベルを付与してくれる力だった、とか。特性スキルや追加スキルにはレベルが設定されています。しかし、武器武具にはないので、装備品を鍛えるレベルがあっても不思議ではないような気がします」
「ユアのもカレンのも、ありそうだわね~。最悪でもそれだったら、強くはなれそうだから、この旅も報われるわね」
「ノブエさんはどう思われます」
「私~、私はやっぱり、レベルの上限を上げてくれる巫女の噂は眉唾で、何かしら、最高レベルの冒険者を狙った罠なんじゃないのかなって、思っているわ~。どうしましょう、何が起こるのかしら、わくわくするわ~」
日が沈む前、険しかった山道を登り終えた先。
ローマとかギリシャとか、その辺りの地名が似合いそうな神殿を目の当たりに、乙女ら(心はとの条件付き1名を含む)が駄弁る。
誰も素直に基本的な『レベルUP』を信じちゃいね。
カレンでさえ……いや、まあ彼女の目的は強くなる手段であるからして、問題ないけれどさ。
「こんにちは、冒険者さん。こちらへはどのようなご用件で」
纏う格好は、メイドさんだった。
「こんちわーっす」
見た目だけだと、ユアよりお姉さん。
その女性に、友達の家へ遊びに来たような軽さでユアが挨拶する。
「こちらにレベルの上限を上げる力を持つ巫女殿がいらっしゃると聞いて、訪ねて来ました」
そうカレンが言うと、メイド服のお姉さんはカレンに詳しい経緯を聞くようであった。
二人の話が終われば、俺達は奥へと案内された。
踏み入れた大広間。
数段高いところに、いかにもな感じでお目当ての人物らしき影があった。
「子供じゃん」
「だな」
ユアに同意。
着物――というより浴衣か。
薄い紺の和柄のそれを着こなす、銀髪ツインテールの10歳くらいの子供が、軽く見上げた先にある豪華な椅子に座っている。
「ここじゃ、見た目は当てにならないわよ~ん」
「そだね。ウチ、ほんとはカレンに負けないくらい、たわわな女子高生だったしね」
ノブエさんの忠告にユアが自分の胸元を見る。
確かに、個人差はあるが、こっちの姿と元いた世界の姿は異なる。
俺も鏡を見てびっくりしたものだった。
カレンが、数歩前へ出る。
「あれじゃね?、階段登る時、あの子のパンツ見えんじゃね?」
「うわ、ロリコン。ヤバ、通報しなきゃ」
「ち、ちげーよ、勝手にロリコン呼ばわりすんな。んで、どこに連絡すんだよ。俺はただ、浴衣ぽい服の丈、短いから心配してだな」
ユアに言い訳していると、
「貴方がレベルの上限を上げる力を持つという巫女殿であられるか」
「いかにも、妾がその奇跡の力を持つ巫女じゃ」
上方からの子供の言葉を受け、更に歩み出たカレン。
「なんだろうな。子供のほうもそうだけどさ、堅苦しいやり取りというか……」
「カレンてああいうことあるよね。成りきってるっていうか、騎士的、武士的な感じ?」
「だよな」
「あら~、成りきるって大切よん。自分に嘘ついたら本物になれないわ」
ノブエさんが言うと説得力あるなあ……と、ユアと顔を見合わせている頃も古めかしい言葉が飛び交い、俺達は自分を妾と言う子供に迎い入れられる。
「名をサーシャと言うようです」
「へえ、外国人?」
ひそひそと喋るカレンとは対象的なユアのデカい声。
「誰でもかんでも俺達と一緒にすんじゃねーての。多分『地元の人』なんだろ」
「それで、カレンと言ったか。レベル99はそちと、そこのお前か」
ん!?
「はい、私と彼、イッサが巫女殿のお力を賜りたく」
俺の代わりに応えてくれたカレン。
カレンが既にこのサーシャへ伝えていた可能性もあるが。
アナライズ《情報取得》された痕跡はない。
なら、上限まで達しているレベル99の者を”見極める”力が持っていると考えられる。
それはつまり――本物ってことか。本当にレベルの上限をっ。
「ご紹介に預かりましたイッサです。よろしくお願いします」
20歳そこそこの俺は、10歳と思しき少女に丁寧な態度で頭を下げた。
プライドとかそういったものと一緒に、生意気そうなガキだな、とか思っていた過去の気持ちなんてのもゴミ箱へポイだ。
「ふむ。承ろう。では、一人10万ゴールドじゃから、20万ゴールドを支払うがよい」
その声に俺は静かにしていたが、
「え、お金取るの?」
「当たり前じゃろう小娘。世の中タダより高いものはない。そう親から習わなかったか」
小さな巫女サーシャはそうユアに言って、ふふんと得意気な笑みを浮かべていた。
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