第2話 目的は、時に彼へ希望を与える

 


      ◇ ◇ ◇



 レベル99騎士カレンが、仲間になって一週間が経った。

 クエスト報酬の受付所にて、


「いやー、一人増えただけではかどるはかどるー」


 ユアが屈託のない笑顔で、窓口のおっちゃんと喋る。

 そうしてから、跳ねてこっちへ戻ってきた。


「はい、ノブっち3000ゴールド」


 モンスターのドロップアイテム『アリアントの牙』10個と引き換えに得た報酬。

 報酬である金貨はパーティーのお財布担当のノブエさんへと渡る。


 冒険者ギルドが発注しているクエストをこなして金を得る。

 とてもシンプルな仕事だ。


 冒険者になるにも、ギルドへ行って用意されている羊皮紙に名前などを書き込み、そこで祀ってある女神像からの職種のお告げを聞くだけでいい。


 冒険者とは誰でも就けるありふれた存在……なのであるが、俺達のような『外の人』がほとんどだったりもする。

 『地元の人』には人気がない仕事なのだ。


 『外の人』とはこの世界以外に、別の世界を知る人間を指す。

 もっとも、俺は俺の知る地球以外の世界から来訪しました! なんて奴とは会ったことがないし、もっと言えば日本以外からの『外の人』を知らない。


 対してこの世界しか知らない人達、元からここにいる人達を『地元の人』。

 さっきの受付のおっちゃんは地元の人。

 ちなみに、地元の人にもレベルはあって、上限も恐らく俺達と同じ99。

 寿命や病気での死亡以外、天に召されることもなく、その辺も一緒だ。


「あの、皆さん。折り入ってご相談があるのですか」


 受付所を出てすぐだった。

 先をゆく俺達へ、カレンが声を掛けてきた。

 神妙な顔に、このタイミング。

 当座の資金稼ぎが目的で、俺達と一緒に行動していたのは知っているからして。


「とうとう、この時が来たか……」


 はあ、と俺は溜息。

 長い袖の上着に長い裾のスカート、襟元もきっちり閉められ、ユアと対象的に肌の露出が少ないカレンだが、麗しきその容貌は、目の保養に十分だ。

 どうやら、そんな彼女とのお別れの時が来たらしい。


「カレン、魔王退治に行くんだね」


 と、ユア。


「いえ、魔王退治には行きません」


「そうかあ、もう行く――うほ、行かないの?」


 と、これは俺。


「何、分かりやすい顔で、嬉しそうにしてんのさ」


 ユアからの指摘はスルーして、じゃあ、カレンの相談って何? って話だ。


「レベル95以上、私を含め半分を最大レベル99のパーティーで挑んだのにも関わらず、魔王は倒せませんでした」


「うーわ、それで勝てないんだ。魔王ってやっぱ魔王なんだね。ゲキ強じゃん」


「完敗ってわけではありませんでした。あと少し、あと一歩のところまでは追い詰められたような気はしています」


 他人事のような軽さで話すユアに、カレンは悔しそうな表情を見せていた。


「ですから、私、そのあと少しを補う為に、レベルを上げようと思うのです」


 カレンの言葉に俺は固まった。

 普段から冗談をいうような性格でもない彼女――、


「あ、あはは、強くなりたいのはわかるけど、何言ってんだよ、レベルを上げるつたって、カレンは俺と同じ上限の99なんだぜ、それ無理っしょ」


 俺はカレンを否定した。

 だが、言いながらに俺の気持ちは、彼女の「レベルを上げる」その言葉の意味へ期待を高める。

 どくんどくんと勝手に高鳴る心音とともに、二の句を、返答を待った。


 そして、凛とした顔はこう告げた。


「魔王城へ乗り込む際に私、風の噂に聞いたのです。レベルの上限を引き上げる巫女がいるらしい」――と。




       ◇ ◇ ◇




 レベルの上限を引き上げてくれるらしい巫女。

 即ち、レベル99から先のステータスUPを可能にしてくれるということ。

 それは、ここ1年ほど変化のない俺の基礎数値が上昇する可能性を孕む。


 カレンの相談とは、そんなありがた~い巫女様へ会いに行くのに同行してくれないかと言うものだった。

 旅に必要な物を揃え直し、一人不慣れな土地を旅するよりは、このままこのパーティーで行動できたら助かる。

 カレンは私の我がままですがどうか、と俺達に頭を下げた。


 けれどもこれ。本人は口にしていないが、たぶん俺への気遣いがあったんだろうなあ……。

 それをユアもノブエさんも感じたらしく、カレンの申し入れを快諾した後、俺の方をぽんぽんと叩き、


『期待し過ぎると立ち直れなくなるよー』


 と、


『裏切られる結果になっても、カレンを責めちゃだめよ~ん』


 とを、耳打ちしてくれた。

 気の利く仲間を持つ俺は、分かっているさと彼女(パチもん含む)らへ言い、そして、自分へと言い聞かせた。


 そんなこんなで、今俺達はザイル荒地を駆ける馬車の中にいる。

 側ではユアとカレンが話す。


「ポケベルって何?」


「電話で送った数字を受け取る小さな液晶画面がある器械で、例えば、『084』でおはようって読みます。そうやって連絡を取り合うんです」


「ふーん。でもそれ、ケイタイに電話した方が早くない?」


「私の周りには、携帯電話を持っている人はいませんでしたので」


「うそっ、ケイタイなしの時代なの!? カレンってもしかして江戸時代の人!?」


 大仰に驚くユア。

 冗談なのか本気なのか分からんが、江戸は言い過ぎだろ。

 たぶんカレンは、『ショーワ』からこっちへ飛ばされて来た人なんだろうな。


 俺達がいる、このゲームのようなレベルシステムがある世界。

 この世界へ来訪した者は、俺が存在していた時間からとは限らない。

 いろんな時代から訪れるようで、俺としては俺よりも未来の時代の人と会いたい想いがあるのだが、まだそんな相手とは出会っていない。

 いや、もしかすると会っているかも知れないが、こう『外の人』ばかりだと、いちいちどの時代からとかも聞かないし、大して意味もないし。


 と言っても、中には出会い頭『お前、どこちゅう ?』みたく、どの時代からよと聞いてくる奴もいる。

 が、正直『ウゼー』と思うので、俺はそんな奴らを反面教師にしているのだ。


「イッサはどう思う」


 不意にユアから言われる。


「ん? カレンってショーワの人なんじゃない」


「いつの話してんのよ。その話題とっくに終わってるつーの。今はこの世界がなんなのかって話じゃん。ウチは未来のマッドサイエンティストが作ったゲームにトリップさせられた感じ? なんかの実験材料にされてんのよウチら」


「その割には、ゆるい世界だよな」


 などと感想を抱く俺も、飛ばされた当初はいろいろ考えたりもしたが……今じゃ順応しきったのか、マンガ読みてえなあ、とかインスタントラーメン食いてえなー、とそれらが恋しくなった時に帰りたいと思う程度だったりで。


「私は死後の世界なのではと考えています」


「あらあ、カレンってばこっちへ来る前はお亡くなりになった方なの~」


「いえ、そのような記憶はないのですが、明確にこの世界へ来た瞬間の記憶がないので、そうなのではないかと」


 悲しげな顔のノブへさんにカレンはハキハキ答える。

 ユアと言えば、うげ、と苦々しい顔になり、『ウチ、一割くらいは戻るつもりでいたけど、死んでたら意味ないじゃん』であった。 


「なあ、よく分からんこの世界の話より、巫女の話しよーぜ。本当にいると思うか巫女? 俺3年くらいこっちにいるけど、聞いたことないんだよね、そんな話」


「またその話? だからー、いるかどうかを確かめるのも兼ねて、ウチら神殿目指してんじゃん。行けば分かることなんだから、少しは我慢してよ。いい加減ウザい」


 面倒くさそうに言うユアを、カレンがまあまあとなだめた時だった。


「冒険者さん、モンスターが道を塞いでいるようだ。よろしく頼むよ」


 馬車の御者からそう言われ、俺達は停まる荷車から飛び降りる。

 眼前に青い空、広大な大地、そして蠢くアリアント。

 特段、代わり映えのない光景といつもの作業が待っているだけであるが、


『――レベルを上げようと思うのです』


 カレンのこの言葉を耳にして以降、俺の目からは曇りが取れたらしい。

 見るものはこの世界へ来た時のように輝く。

 そして、戦闘時もこの世界へ来た時のように身体を巡る血が熱くなった。


 さあ、モンスターどもよ――、


「俺の魔法をとくと味わって逝けっ」




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