37話 人は好きな者に狂わされる ※長野業正・真田幸隆が登場

 幸隆ゆきたか千代女ちよめとの密談のあと、なんとなくだが自分の部屋の外でるのであった。


 すると、長野業正ながのなりまさが部屋の扉の横で棒立ちしていた。そして、業正は「幸隆君は、さっき誰と話してたんですか?笑い声が聞こえましたが。しかも、なぜか水でスブ濡れですけど。......なんかありました???」と幸隆に心配そうに尋ねるのであった。


 幸隆は不気味にもほどあるだろというほどにニコッと笑い「業正様、本当に完全なる独り言ですよ。佐太夫の奴が独房に入れられてから、俺、実は精神が死ぬほど病んでるんで。気晴らしに水をかぶりました。」とかなり強引に嘘をついた。


 そして、業正は騙されたのか「......そうですか。」と神妙な面持ちで言うのであった。

 


 続いて、幸隆はヒョウキンな落語家のような顔をして「そうなんです。」と言うのであった。そのあと、唐突に真剣な顔をした幸隆は付け加えるように「一つだけ聞いていいですか?」と業正に尋ねる。


 業正はニッコリと笑い「なんでしょう?」と首をかしげた。


 幸隆は、ずっと、ずっと疑問に思っていた「業正様は、なんで関東管領かんとうかんれい上杉憲政うえすぎのりまさ様にこだわるんですか!?」という質問を業正に勢いにまかせて、ぶつけるのであった。

 その瞬間だった。業正はニコニコ笑いなが硬直した。







「へー。理由も言えないほどの事情でもあるんすか?」


「いえいえ。僕は、あの方が好きなんですよ。......残念なほどに。ただそれだけです。」


「ふん。そんだけで、関東管領のために命を賭けられるって正気じゃないっすね。ボケすぎますわ。」







 業正は透き通った目で真っ直ぐに幸隆を見つめると「じゃあ、君こそ佐太夫さだゆう君のことを思い出してください。」と言うのであった。

 

 そして、幸隆は、心の中でドキッとすると業正を凝視する。


 業正はまたニッコリと笑うと、幸隆に語りかけるように「覚えておいてください。人は好きな者に狂わされて一生を終えるんです。それは僕だけに限ってことじゃないですよ。」と優しく笑うのであった。




「......なるほど。」

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