第二話 村上義清

 それから数刻後。真田頼昌さなだ よりまさは泣きながら川の水でゴシゴシ体を洗ったのち、自身の居城・戸石城にて村上義清むらかみ よしきよをもてなすべく、彼の到着を今か、今かと待っていた。

 しかし、いくら待っても村あ上義清は姿を現わさない。

 フスマに囲まれた小さな部屋で頼昌はアグラをかき、接待のために用意していた皿にのった川魚と自分の川魚をガン見して不意にため息をついてしまっていた。そして、小さな声で「......義清殿。全然、来ないじゃないか。ご飯も冷めてしまうし。今日はクソまみれにもなるし本当に、本当に今日は散々だ」と己の今日の災難を嘆いたあと、少し肩を落とした。

 その瞬間。頼昌のうしろのフスマがすーっと開いた。村上義清が到着したのだった。

 頼昌は後ろを振り向き村上義清の存在に気づくと、驚いて立ち上がった。

そして、彼は安堵の微笑みを浮かべて「義清殿!!本当にビックリしましたよ。いきなり現れるんだもん。幽霊かと思いましたよ」と言い、ニッコリとした。

義清は紫がかった白い着物をきていて、人相がわるく、鋭い目をしていた。そんな義清は部屋にスタスタと入っていくと「人を幽霊!?こんな色黒の幽霊がいてたまりますか!!」と気さくに冗談をかました。

 その意外性に頼昌は再び自身の細い目をさらに小さくさせるほどにニッコリさせて「ははは。スミマセン」と言った。このような義清の人柄に安心したようだった。

 そして、義清も一瞬だけニコッとすると「こちらこそ誠に申し訳ない。とある準備をしていて、遅れてしまいました」と言ってすぐ後、頼昌をなめまわすようにジロジロ見た。

 それに気づいた頼昌は「なんでしょう?」と尋ねた。

 「......お前、弱いだろ」

 義清のあまりに唐突な一言にキョトンとする頼昌。

 義清は遠い目をして「......お前。なんで、この俺が村上家の後をついだか分かるか?」と頼昌に質問を投げかけた。

 頼昌はその場で考え込んだが、皆目見当がつかないという顔をした。

 すると、突然、義清は用意されていた川魚を蹴り飛ばした。その衝撃で、お椀、皿、箸が四方に飛び散っていくのであった。

 すると、義清はギロりと頼昌をにらみつけ「弱い奴、丸出しの顔しやがって!!イライラするぜ!!!」と暴れ狂う獅子のごとく叫んだ。

 動揺しきった様子の頼昌は慌ただしく「どうなさったんですか!?」と尋ねた。

 しかし、なおも発狂した様子で義清は「イライラが止まらん。俺が殺した父と兄も!!弱いくせに武将を名乗るお前も!!弱い配下をもつ、お前の主・海野棟綱も!!どうせお前の息子も弱くて...」と言い切る寸前だった。

 そんなときだった。頼昌は急に、彼には似合わないような凛とした表情をして「それは聞き捨てならないですね」としっとりとした声で言うのであった。

 すると、義清はクスっと意地悪く笑い「なんだ弱虫?アルジの海野棟綱を悪く言われて怒ったか??」と聞き返した。

 この挑発に対しても頼昌はあまりに冷静に「それも、そうだが。僕の息子を悪く言わないでほしいな」と言い返し、最後にニコッとした。

 義清は禍々しい目を血走らせながら「雑魚介のガキは雑魚介にきまってんだろ!!......寝言は寝て言え。無能中の無能が!!それとも?トンビが鷹を産んだとも言うのか!??」と聞くにたえない、キーキー声で叫んだ。

 「そのまさかだよ。」

 頼昌がそう言い切ると、フスマをけ破って、血まみれの真田の兵士が入ってきた。

 「頼昌様!!」

 それから、頼昌は兵士に「どうした!?」と急いでスタスタと近づいていった。

 その兵士は瞳に涙をながしながら「この城は村上の軍勢に包囲されていて、すでに一部は城に侵入しています!!」と必死の声で伝令をした。

 「なんだって!?義清殿の言っていた準備って...」

 すると、突如兵士は生霊にでも乗り移ったかのように不気味にケラケラと笑いだした。そして、こう続けた。「裏切って。スミマセン」間髪いれずに、この者は頼昌の心臓目掛けて刀をドスッと突き刺した。

 口からドス黒い血をだして倒れこむ頼昌を上からチラリと覗き込むように義清は見下ろした。ついで元真田の兵士に卑屈に笑いかけ「真田の兵士だった者に聞く?コイツの息子はどんな奴だ??」とたずねた。

 そして、この者は笑うのを耐えながら「学問がからっきしダメで、勉強をしろと忠告した大人を落とし穴にはめたりするダメ人間です」と言ったあと、最後にケラケラ腹を抱えてのたうち回った。

 義清はため息をつくと、嫌らしく、あきれ返った顔をし「早く気づけよ雑魚介。お前はてめぇの息子を買いかぶってんだよ」と嘲笑った。

 義清の冷ややかな笑いに反目するように頼昌はニコっと笑い「学問は学べばどうにかなるよ。そんなことより、あのガキは大の大人を何人も、何人も落とし穴に入れてきた。方法が見破られれば、別の方法で落としてくる。こんなことがあってたまるかよ。」

 義清はクスっと笑い一言「......とんでもねぇガキだな」と言った。

 すると、頼昌はキラリと笑い「とんでもねぇガキだよ。いずれ、そのガキはお前を討つ」

 すると、それは突然だった。義清は頼昌を刺した兵士を斬ってしまうのであった。

 「ぎゃあああああ」

 義清は妖魔もまっさおな不敵な笑みを浮かべ「じゃあ。まずは父親を殺すとしよう。そのガキに討たれる前にな」と言って頼昌に迫っていった...。

 

 その頃、真田源太さなだ げんたは戸石城付近の川辺で石を投げて遊んでいた。

 源太は突如浮かない顔をして「つまんねぇええ!!こんなのクソくだらねぇ!!。川に石を投げて遊ぶとか、誰が考えついたんだ!?」川遊びに飽きたことをグチっていると。突然、目の前で川が赤くそまりだす。さっきまで透明な世界だったはずなのに、あたりはあっという間に深紅の赤に包まれた。

 「......なんだこりゃ?」

 すると、何体もの死体が川から流れてくる。そして、最後に父親の死体がながれてきた。




「ぎゃぁぁああああ!?」



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