絶望の大地-3

 学校の外に出た誠は、家のある方角へと向かった。バスで三十分近く掛かる距離を、走っていけばどれくらいかかるのか、今の誠の頭の中には全く考えていなかった。考えているのは、身内の安否だけだ。

 ロボットたちは数がそれぞれ異なる目を爛々と輝かせながら破壊と前進を続けている。熱い。家や建物がミサイルとかレーザーで焼かれて火の手が上がっているからだ。すぐそばで、火柱が上がった。一機のロボットが火炎放射器を放ったからだ。熱気に当てられてバランスを崩しかけるが、すぐに体勢を立て直して駆け抜ける。


「助けて! 誰か助けてぇっ」

「お母さん! お母さんどこ?」

「うわぁぁぁっ!」


 爆音や駆動音に紛れて、人々の悲鳴が聞き分けられる。助けを求める声、母親と離ればなれになった幼い女の子の声、おそらくロボットに攻撃されたであろう男性の断末魔。

 よく見れば、ロボットによって殺されたであろう死体も転がっていた。撃たれて身体に穴があいた人から、爆弾による焼死体。中には、子供を庇うがそのまま子供ごと焼かれた亡骸まであった。

 バキバキバキッと、木が折れるような破壊音がした。すると誠の右隣にある古い木製の一軒家が、誠めがけて崩れ落ちてくる事に気付いた。誠は全速力で走り、なんとか家が押し寄せてくるような範囲から抜け出した。すぐ近くにいた誠と同年代かそれより下の女子学生も同時に駆け出すが、一歩遅く、女子学生は崩れた家に巻き込まれてしまった。


――なんてこった。


 目の前で人が家の下敷きになりやがった。「大丈夫か!」と声をかけて寄ろうとすると、ずしん、ずしんと地響きとともに一機のロボットが崩れた家の向こう側からやってきた。

 全長四、五メートル程。一つ目で、亀の甲羅のような丸っこい緑のボディーと装甲が目に付く二頭身だ。両手部分がボクシンググローブのように肥大化しており、まるで格闘戦でもするような見た目だ。コイツが家を崩したのか?

 そのロボットとバッチリ目があった。ロボットも、次のターゲットを誠にしたのか一瞬目を赤く点滅した後、のっしのっしと接近してくる。

 やむなく女子学生を救うことを諦めて、すぐさまロボットから逃走する。幸い、あのロボットは見た目通り動きが鈍いようで簡単に突き放すことができた。

 しかし、それで逃げたとしても、すぐに別のロボットが待ち構えているだけだ。目の前にいる深緑色のロボットが、右手に取り付けてあるドリルで、誠ごと目の前にある建物を粉砕しようとする。それを左に回避しながら、後ろで聞こえる家が壊れる音と供にロボットの足元を通り抜ける。

 すぐ目の前に原付バイクが転がっていた。鍵も刺さっている。誰かが乗り捨てていったのか、それとも乗って逃げている最中にロボットに襲われたのか定かではないが、あれを利用すれば、早く家に行ける!

 誠はすかさず、原付を起こしてまたがった。その昔、配達のアルバイトのために原付の免許を取ったのが、ここで役に立つとは思わなかった。

 雑巾を絞るようにアクセルグリップ握り、それを手前に回してバイクを発進させる。すまないが、こいつを借りさせてもらう。

 大通りにはロボットが数多く群がっているため、迂回して家に向かうしかない。それにしても、煙がすごい。思わず咳き込みそうになる。

 すぐそばで、一機のロボットが二階建ての一軒家をぶち壊した。コンクリートの破片とともに、なにか大きなものが宙を舞う。見間違いでければ、あれは冷蔵庫だ。冷蔵庫が、磁石で張り紙を留めたまま、吹き飛ばされて、地面に落下した。この一軒家に住んでいる人や家族の生活の場が、あのロボットによって破壊されてしまった。

 誠の真上で、なにか空を切る音が聞こえた。上を向くと、戦闘機が群れを成して轟音を立てて飛んでいた。航空自衛隊が主戦力においているF-15とか言うヤツだっけか。

その戦闘機が、一機の飛行ロボットに向かって、ミサイルを発射した。ミサイルはまっすぐ狙いをつけた飛行ロボットに直撃し、爆発が起きる。

 しかし、黒い煙の中から、勢いよく飛行ロボットが飛び出し、まるで鷹が獲物である小動物を捕らえるように、戦闘機を一機掴み、それをもうひとつの戦闘機に向けて投げつけた。更には同じ型の飛行ロボットが三機集まり、ミサイルやレーザーで、次々と撃墜させてゆく。自衛隊ですら、あのロボットたちに歯が立たないというのか。

いや、それだけじゃない。数がとんでもなく多い。ざっと見るだけでも地上にいるロボットは十五機以上、空を飛んでいるヤツは二十機以上軽くいる。加えて、ミサイルにすら耐え切る装甲を持つロボットに、勝てるわけない。


――黙って、やられているのを見ているしかないのか。逃げるしかないのか。


 須賀浜展望台タワーが、ロボットの放ったレーザーで展望部分から上が壊されていく。寂れながらも、須賀浜の象徴としてそびえ立っていたタワーが、音を立てて崩れていく。

 聞き覚えのある悲鳴が聞こえた。誠はおもわず原付を止めて、あちらこちらを見渡すと逃げまどう人の中に、堀之内が見えた。取り巻きは既にやられてしまったのか、それとも置いて逃げてしまったのかいなかった。


「堀之内! こっちだ!」


 誠が叫んで、手を差し伸べる。堀之内も気付いたのか、なりふり構わずこっちに走ってくる。

 あと数メートルで誠と堀之内の手が届く。その時、銃弾の雨あられが堀之内の身体を撃ち貫いた。悲鳴を上げる間もなく、堀之内はまるで操られたように身体をガクガクと動かした。その間にも、銃弾が堀之内の身体を抉っていく。上空の飛行ロボットが、チェーンガンで撃ったのだ。

 目の前で肉片となった腐れ縁の男の姿に、誠は言葉を失うしかなかった。あまりに非現実的でグロテスクな光景に、吐き気すら覚える。

 しかし、その感情に浸っている暇はなかった。ロボットが放った銃弾の雨がこっちに向かってきた。すぐさま原付を発進させて逃げる。

原付で逃げている間にも、飛行ロボットはチェーンガンを誠に向けて撃ち続けていた。後ろでピュンピュンと銃弾が空を切りアスファルトを砕く音が聞こえる。死神の足音だ。

 突然、誠の体が宙に投げ出された。足元に段差があったのだ。銃撃に意識を向けてばかりで、全く気付かなかった。

 アスファルトが迫ってくる。誠は無意識に左手を出して、前回り受身をしながら地面に着地した。左手が擦りむいたり背中や尻を打って痛いけれど、大事には至ってない。しかし、その間にも銃弾の雨が追いつこうとしている。

 誠はすぐに立ち上がり、一瞬転びそうになるものの体勢を立て直して必死に走り出した。近くに、コンビニがあるのが見えた。誠はすぐにそこに避難して、銃弾から身を守る。向こうも諦めたのか、どこかへ飛び去る音が聞こえた。


「ちくしょう……ちくしょう! ちくしょおぉぉぉっ!!」

 

 誰もいないコンビニの中で、誠は感情を吐き出すように目の前にあったレジや、食品を入れる棚か何かを地面に叩き落とした。

 俺たちが一体何をしたってんだ。なんでこんな、理不尽な破壊と虐殺を受けなければならないんだ。

 煙のせいで目が痛くて涙が出る。頭がぐらぐらするのは、外を歩くロボットたちの振動だ。

 行かなければ。せめて、家族を助けて安全な場所へ逃げなければ。ためらうわけにはいかない。

 誠は周囲の安全を確認しながら、コンビニを出て行った。



 ロボットたちの猛攻をかいくぐり、なんとか自宅に着いた。しかし、誠たちの住む賃貸のマンションは既にロボットの手によって残骸と化していた。建物内に入る入口も塞がれている。


「くそっ!」


 もしこの中に母さんとミミが巻き込まれていたら――

 悪態をついて、まさかの最悪の状況を思い浮かべてしまう。いや、もし生きていたとしても、どこにいるんだ? どこを探せばいい?


「母さん、どこにいるんだ!! 母さん! ミミ!」


 今の誠にできるのは、名前を叫んで走り回ることしかできなかった。周りのロボットにも、警戒しながら。

 家から離れて、普段歩かないような場所を探し回る。木は燃え盛っており、家もほとんど誠の住んでいたマンション同様、残骸と化していた。逃げ惑っている人の数も、なんとなく減った気がする。

 列を作って逃げている人たちの中に、ビーグル犬を抱いた、頭に白髪の混じった、やせ細っている茶髪の女性がいるのを見つけた。母さんだ! ああ、よかった! みんな無事だったんだな。

 母さん! と誠が呼びながら、稲子の元へ向かうと、彼女もそれに気付いて目を丸くしながらこっちを見た。


「誠? なんでここに? 学校は?」

「母さんとミミが心配で帰ってきたんだ」

「なにやってるの?! 学校から勝手に抜けだしちゃダメでしょ!」

「母さん、学校はもう攻撃を受けているんだ! あのままあそこにいたら死んじまうよ」


 地震のような自然災害ならば、たしかに避難所になり得る学校で待機するのが賢明である。しかし、今回は自然災害とはわけが違う。相手は明確に人間をターゲットとしており、とんでもない武力を有している。学校にそのままとどまっていれば、攻撃を受けていたのは自明の理だ。

もちろん、誠がしてきたことはそれでも正当化されるものではないのだが。


「ほら、ミミは俺が抱っこしてやるから。一緒に行こう」


 そう言って、誠は尋常じゃない事態を察してぶるぶる震えているミミを抱きかかえた。怖いだろう。俺も母さんも、みんなそうだ。


「ところで、この人たちはいったいなんだ?」


 列をなして、ロボットから身を隠してどこかへ避難する人達を見て、誠が疑問を口にした。


「近所の人達と一緒に、団体になって避難地のところまで行くってことになっているの」

「ンなことしたって無駄だと思う。奴らは明らかに俺たちを狙ってやがる。へたに集まったら余計犠牲者が出ちまうかもしんねぇ」

「でも、だからってこのまま外にいるわけにもいかないでしょ?」

「そりゃそうだけど――」


 ここの近くの避難地と言ったら、須賀浜第一小学校か。奇しくも小学生時代に誠が通っていた学校だ。こんな形で足を踏み入れるなんて、皮肉以外の何者でもない。


「涼くんと、アネラちゃん――だっけ? 友達は?」

「分かんねぇ……人ごみん中でみんなバラバラになっちまって。たぶん、学校にいるかもな」


 涼と天音良のことも心配だ。最悪の事態なんて考えたくもない。どうか無事でいてほしい。

 その時、ズシン、ズシン、と大きな振動がした。地面が揺れて、誠の周囲の人たちが悲鳴を上げる。

 黒煙をかき分け家を踏み潰しながら誠たちの前に現れたのは、グレーに近い黒と金色の装甲で身を固めた巨大ロボットだった。全長十メートルはある。地獄の鬼とも、般若とも取れるその顔はドクロのようなノーズペイントがなされており、ふたつの目が爛々と金色に輝いている。

 そのロボットは、金属の軋むような、恐竜の雄叫びのような、どちらとも言える咆哮を上げた。轟音と振動に思わず耳を塞ぎそうになるが、ミミの存在を思い出してなんとか耐え切る。

 ロボットは、腰に差している剣の柄のようなものを握った。すると、音もなく青白い光り輝く刃が出現した。あれがなんなのか、一瞬で分かった。SF映画に出てくるビームの出る剣だ。ロボットから離れているというのに、こんなに眩しくて熱いなんて!

 そして、ロボットはそのビームの剣を振りかざした。あんなものを振り下ろしてきたら、ここにいる全員が間違いなく即死してしまう。逃げようとするが、さっきの咆哮のせいか、足がすくんで動けない。動け! 動け!

 刹那――ドンッ、と誠が真横から押された。二歩、三歩分動いて、どすんと尻餅を突いて誠は倒れてしまった。目の前に、両手を突き出した稲子がいた。

 迷いのない目つきと決死の表情で誠を見た稲子に対して、誠は「母さん――」と叫ぼうとした瞬間だった。

青白い光が、まぶたを閉じる間もなく、稲子を――並んで避難していた人たちを飲み込んでしまった。

悲鳴も、何も上げさせる余裕のない、あっという間の出来事だった。


「かあ、さん?」

 

 呼びかけてもさっきのように返事が来ない。


「オイ、母さん。返事してくれよ」

 

 見渡しても、母の姿も避難する人たちの姿もない。一体どこへ行ったんだ?

 何が起きた? さっき、母さんに突き飛ばされて、それで……。

 光の剣が、ゆっくりと上がった。もうそこには母の姿も、避難する人々の姿もなかった。ただ、煙が上がっていた。みんな、あの光に飲み込まれて――。理解したくない。胸が苦しくて苦しくてたまらない。涙が溢れ出てくる。

嫌だ! 嘘だ! こんなの嘘だ!


「うそだぁぁぁっ!」


 母さんが、死んだ。あの光の剣で、あとかたもなく消えてしまった。

 それを叫んで否定しようとしても、頭の中にいる冷静な自分が残酷にそれを告げる。ミミを思わず離してしまい、そのまま両手で頭を抱える。

 再び、あの黒いロボットが雄叫びをあげた。まるで勝鬨を上げるように。

誠は涙に顔を濡らしながら、黒いロボットを見上げた。

ふつふつと怒りが湧いてくる。こいつが母さんを、たったひとりの親を、俺の大切な人を奪いやがった!!


「てンめぇぇぇぇっ!!」


 殺してやる! たたきつぶして、スクラップにしてやる!

 武器なんて何も持っていない。黒いロボットに対して、誠はちっぽけな存在だ。それでも構わない。ただ、ありったけの怒りを拳に込めて右脚部の装甲を殴りつけた。


「返せ! 母さんを返せぇぇぇ!」


 何度も何度も装甲に向けて拳を振るった。血が出て、指や手が変な方向に曲がっても構わず殴り続ける。痛みなんて感じるものか。

 そのうち、黒いロボットは相手をするだけ無駄だと悟ったのか、右脚を軽く動かして誠を払うと、踵を返してどこかへ向かってしまった。


「待て……待ちやがれ! このっ!」


 誠は黒いロボットを追いかけようとした時だった。上空の飛行ロボットが、誠のすぐ近くの一軒家に向かってミサイルを放った。

最初に届いたのは、耳をつんざくような爆音だった。次にやってきたのがすべてを焼き尽くさんとする熱波と、全身を引きちぎらんとする爆風だった――。

 それらを全身に受けた誠は、耳に残るキーンという雑音と供にアスファルトに再び叩きつけられた。普通のやけどとは違う、地獄の炎で焼かれるような激痛が左半身を中心に全身に広がる。

 喉から枯れるほどの叫び声を上げようとすると、口の中に炎が入ってきそうで出来ない。熱い! 熱いぃ! 母さん、母さん、助けて!

身体に絡みついた炎を振り払おうとするが力が出ない。キノコみたいに、腕から、足から炎が吹き上がっている。

 やっと火が消えた。弱々しいうめき声をあげて誠は左手を見ると、今まで健全な肌色だった左手は火傷で赤黒くなっていた。不思議なことに、さっきまでの痛みはない。いや、左手どころか足も感覚が無い。

身体中がからからに干からびている。口も、目の奥も乾いている。視覚もやられてしまうのか。

 うっすらと目を開けると。再びやってくるミサイルが見えた。今度こそ、年貢の納め時のようだ。

 再びやってくる爆風。もうすぐ、母さんのもとへ行ける。

 もう、なにもかもどうでもよくなってきた。この痛みも、ロボットも、燃え盛る須賀浜の街も、涼も天音良も。絶望の全てを死に委ねちまおう。

 そして誠の意識は、完全に消え失せてしまった。

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