絶望の大地-2
時間は進んでお昼頃、誠と涼、そして新しく天音良が屋上に来て昼ごはんを囲んで食べていた。誠は前もってコンビニで買ってきた弁当を、涼と天音良は親が作った小さなお重の弁当だ。ホントなら誠も稲子が作った弁当を持っていけたのだが、忘れてしまったために渋々買ったものだ。
三人で話す内容といえば、さっきの授業のこととか、昨日の街案内で天音良が疑問に思ったことを誠や涼が答えるぐらいだ。そんな中で、話題は次第に明日行われる進路についての三者面談に話題が移ってゆく。
天音良は昨日話していた通り、父の仕事を継ぐことを話すと、涼も自身の進路を語った。
「僕はテレビのプロデューサーとか、番組の企画とかやれる仕事に就いてみたいなって思ってる」
涼がそんなことを考えているなんて意外だ。テレビなんて、家族内で禁止にされていそうなものなのに。
「もちろん、今はネットの時代だよ。動画サイトの生放送とかを利用すれば、大して技術を持たない人でも映像を配信できる時代だ。だからこそ、テレビにしかできない、なにか画期的なことをしてみたいんだ。まだ、その「画期的なこと」っていうのはハッキリしてないんだけどね」
「テレビもインターネットも、やれることは似通っていますけど、出来ることを考えると若干テレビ側が不利なのは否めないですものね」
「そこなんだよな。インターネットの多様性に比べると、テレビのできることはちっぽけなものでしかない。けど、限界だと僕は思ってない」
「なんだか大変そうだな」
「大変じゃないものなんてないよ。そういう誠はどうなんだ?」
ぬっ、と誠は黙ってしまう。昨日天音良にも話したが、まだ将来何をすべきか見つかっていない。
突然、天音良が「あっ」と小さな声を出して、誠に提案した。
「須賀浜を守るお仕事なんていかがでしょう? わたくしや涼さんを守ったように、今度はこの街を守っていけばいいと、今わたくしは思いましたの」
「守る仕事?」
どういうことだ? 天音良の言葉に考え込んでいると、涼が「いいな、それ」と続ける。
「わざわざ不良とか堀之内相手に喧嘩ばっかやってるより、よっぽどいい目で見られると思うぞ。金だってもらえるしな」
「……守る、仕事か」
この街を、須賀浜を守る仕事か。なにがあるんだろうか。
「ベタだけど警察官とかだな。公務員だから下手な職より安定してていいぞぉ。ま、資格取るにはこれまでの百倍勉強しなきゃいけないけどな」
「うるせっ」
冗談めかして言う涼に反撃すると、「素敵ですわ」と天音良が祈るように両手を組んで誠に笑いかけた。
「たくさんの人を守るって、まるでヒーローみたいですもの。もし、誠さんが警察官になるためにお勉強をなさるのなら、わたくしも協力を惜しみなくいたしますわ」
「そうだなぁ、まぁ君の頭の悪さは筋金入りだし、僕も可能な範囲でなら手伝ってやるよ」
「待てよ、俺はまだ決まったわけじゃないが……」
だけど人を守る仕事か――なんも夢を抱かないよりは、よっぽどいいかもしれない。誠はふと、落下防止の柵に触れて須賀浜の街を一望した。須賀浜の住宅や都市部と展望台タワー、太陽に照らされてキラキラ輝く海。都会と比べて寂れてはいるけど、たしかにここは俺の故郷だ。この故郷を守るために生活していくっていうのも、なかなかいいかもしれない。
そして誠が不意に空を見上げた時だった。
――なんだ、あれは。
青々とした空に、ポツンとひとつの黒い点があった。まるで、空に出来たホクロかシミのようだ。
最初は飛行機かなにかかと思ったが、そうじゃない。飛行機だったら、すぐに移動していたり、飛行機雲を出すから分かるはずだ。
その黒い点は徐々に広がっている。次第にソレがなんなのか、誠にはわかった。
「どうかしたのか、誠?」
「空に穴があいてやがる」
「は?」
「アレだよ、見えないのか」
誠が指をさして示すと、涼は訝しげにそれを見た。つられて天音良も、空に出来た黒い穴を見た。
もう一度誠が見ると、穴はさっきの倍はでかくなっており、太陽を覆い始めた。まるで皆既日食だ。
穴の向こうはぐにゃぐにゃに黒く歪んでいて、なにがあるのかよく見えない。例えるなら、ファミレスに置いてある、シェイクのミキサーみたいな感じだ。
穴というより、歪みに満ちたそれを見て、誠は昨日出会った、カラスターを操る少年に対して抱いたものと同じような悪寒を覚えた。身体が、心が震え始めている。
――わからない、わからないけどありゃあ、かなりヤバイもんだ!
歪みは太陽を侵食して、ついに完全に覆ってしまった。空が青空のままなのが返って不気味さを感じる。周りの人も気付いているのか、窓から顔を出している生徒や、不思議がっている街の人たちの様子が見える。
「あれは、日蝕なのか?」
涼が何やらよくわからないことをぶつくさ口にしている。一方の天音良は、まるで敵を見るかのような険しい表情で歪みを睨みつけている。
再び誠は黒い歪みを見据える。すると、歪みの中から、何か焦げ茶色や深緑色のなにかが降ってきた。ひとつだけじゃない。数え切れない程のそれは、どんどん黒い歪みから現れて四方八方に広がって飛んでいく。
その内の一団が、背中に青い炎のようなものを噴出させてこっちに飛行してくる。それらが近付いてくるにつれて、降ってきたモノの正体がわかった。
ロボットだ。それもアニメとか子供向けの特撮モノに出てきてもおかしくない二足歩行する、完全な人型だ。丸みのあるマッシブな体型をしたものから、飛行機の主翼のようなものを生やしたシャープな形状のもの、モノアイだったり複数の目を持っていたり、装甲の色がこげ茶や深緑のようなミリタリーチックなものから、青や銅色のようなユニークな色合いまで様々だ。
そのロボットたちが、黒い歪みからとめどなく、まるで蛇口を思いっきりひねて溢れ出る水のように現れては日本中――いや、世界中に広がってゆく。
「何だありゃあ! 数え切れないぞ!」
「こっちに来る!」
誰かが叫んだと同時に、何機かのロボットが、地面に降りたつか、須賀浜の上空を旋回した。
大きさはまちまちだが、一番小さそうな奴でも誠の二、三倍の背丈があり、大きいやつはヘタをしたらこの学校どころか、そこらのビルとタメを張れるほど大きい。しかもそんな奴が数え切れないほどいる!
そしてロボットたちは手にしたライフル――あるいは、目や肩についている砲台から――ビームやチェーンガン、ミサイルを放った。
あっという間にロボットの周囲の建物が破壊され、瓦礫となる。悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う。学校内でも上から下まで大騒ぎだ。
「危ないっ!」
天音良が叫び、誠と涼の襟首を掴んで思いっきり後ろにぐいっとひっぱった。細身の女の子とは思えない強い力だ。と、同時にふたりの目の前に銃弾が降り注ぎ、地面を穿った。上空を見上げると、翼が取り付けられた一機の小型ロボットがこちらに向けて口に相当する場所から伸びている砲筒を向けていた。アレから弾丸を放ったのだろう。天音良が気付いてくれなければ、銃弾の雨あられを浴びて文字通りミンチになって死んでいただろう。
「まずい、学校内に戻るぞ!」
このままいたら、またあのロボットに狙われるかもしれない。涼に続いて、誠と天音良も校内に屋上から戻った。
「オイ、なんなんだよアイツら!」
「僕が知るわけないだろっ!」
涼が色を失った顔をしながら、叫ぶように返す。
廊下はロボットの攻撃でパニックになった生徒たちで溢れかえっていた。朝の満員電車顔負けだ。先生の制止なんて聞く耳を持っていない。それが逆に逃げ道を塞いでいることも分からずに。
突然、ズズンという地響きとともに爆音が響いた。近くで爆発があったらしく窓の外から煙が出ている。これが更に生徒の不安感を煽り、生徒の壁が誠たちに襲いかかってきた。そのせいで、誠は涼と天音良の二人と生徒を挟んで分断されてしまった。手を伸ばして涼の手をつかもうとするが、瞬く間に二人は生徒の波の中に消えてしまう。
「涼! 天音良―ッ!」
二人の名を呼んでも、もはや返事はなかった。生徒たちに流されるように階段を降りて、なんとか目に付いた教室の中に無理やり入り込んだ。黒板に書かれた文字を見る限り、どうやら一年生の教室のようだ。みんな逃げ出してしまったのか、既に誰もいない。
とはいえ、ここでじっとしているわけには行かない。ふと、稲子とミミの顔が思い浮かんだ。母さんとミミは?! 母さんたちは無事なのか?
いてもたってもいられず、誠は教室の窓を開けて、学校の裏口から自宅へと向かうことにした。
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