忍び寄る異質-4
潮風公園はそのまんま、海の近くにあるから、というベタな理由で付けられた公園だ。ここに来る人はたいてい公園に遊びに来た人か、釣りしている人ぐらいだ。ただ時期が時期なら、あちらこちらもバーベーキューで賑わっていることだろう。近くにはショッピングモールもあるので、食材を買うにも苦労はない。
誠たちは中央広場のベンチで座っていた。目の前には特定の時刻でリズムに乗って水を噴き出す仕掛けのある噴水がある。
「誠さん、お怪我の具合はいかがですか」
となりから鈴の音がなるような、天音良の優しげな声が聞こえた。誠は顔だけ天音良の方を向けると、変わらず誠に優しく微笑んでいた。
「あ、天音良……俺は……」
全身が軋むように痛い。堀之内にこっぴどくやられたようだ。
そうだ、堀之内のやつらはどこに行った? あの少年は――『カラスター』とかいう化け物を呼び出したあいつは?
「あれは……なんだったんだ? 堀之内のヤローどもは」
「……わたくしにも、わかりかねます」
あれはやっぱり幻じゃなかったのか。いったいどうやってここまで逃げてきたんだろう。
「覚えていらっしゃらないの? あの面妖な怪物が暴れている最中に、あなたはわたくしと一緒にここまで逃げてきたじゃないですか」
そうなのか? ……思い出せない。記憶の中をほじくり返しても、最後に見たのは自分にそっくりな少年と、カラスターに吹っ飛ばされる堀之内とその取り巻きたちだけだ。
ふと、天音良へ顔を向けると、口元が赤いことに気付いた。殴られた時に唇を切ったのか口元に血の跡が残っている。幸い整った顔にアザはないようだ。だけどそれを一目見たとき、痛々しくてたまらなくて、心臓がきゅっと絞められるような、悲しい気持ちになった。
誠はたまらず「すまない」と天音良に対して謝る言葉を口にした。
「俺の、個人的なことだったのに、お前に怪我させちまって……」
申し訳なくて、天音良の顔を直視できず俯いた。天音良が堀之内に殴られた光景を思い出すと、また胸の内側を絞め付けられた感覚がした。
「俺はとんでもないことを……せっかく今日を楽しみにしてたのに……」
「誠さん……あなたは」
「そうさ、俺ははみ出しものなんだよ。あいつらみたいなのといつも喧嘩ばかり、力づくでいつも人を黙らせきたクズさ」
天音良はこっちを向いたまま、口を一文字にして無言で聞いている。
「あいつらが喧嘩を売って来るってンなら上等だ。そう、あいつらを二度と動けなくなるまで叩きのめした。だけど、俺がこんな――」
涼も何度か巻き込まれる形で関わったことがある。おかげで少し腕っ節が強くなったなんて笑っていたけど、ひとつ間違えればまた涼に大怪我をさせるところだ。
だけど、そのしわ寄せが、戦う力のない天音良に来てしまい、彼女を傷付けてしまった。誰のせいだ? 俺のせいだ。
「今まで、バカみてぇに人を殴ってきたのになんでこんなに、悲しいんだ。情けねぇ、俺とあろうものがな」
「それはあなたが、何かを守るためにずっと戦ってきたとわたしは思いますわ」
誠の拳に天音良の陶磁器のような白い手を重ねた。
「お気立てに難がおありな方は、人を傷つけることで快楽を見出したり、自己の存在を表現するものですわ。けれどあなたは、わたくしが傷つくのを見て怒って、それでこうして悲しんでおられますもの。きっと、堀之内という方が語ったお話の中であなたが中学生の頃に起こした事件も、涼さんを守るために行ったのではなくって? あなたはわたくしの見立て通り、素敵な心をお持ちですわ」
「だとするなら、俺はお前を守れなかったよ。弱い奴だ」
俺は泣いているのか。心の中で、誠は泣いている。拳ばかり振り回して、結局守りたいものも守れず、悔しくて悔しくて泣き叫んでいる。
誠はベンチから立ち上がって、天音良に背を向ける。
「もう関わるなって言うなら、俺は今後一切お前と関わらない。でなきゃ、詫びの一つでも……」
「――なら、これからもわたくしと仲良くして下さる?」
誠は口をつぐんだ。なんで、そんなことを平然と言えるんだ?
「お前、怖くなかったのか? さっきだって、相当怖い目にあったってのに」
「その時はまた、誠さんが守ってくださるもの。怖くありませんわ」
「……お前、馬鹿だぜ。本当に馬鹿だ」
「ええ、わたくしは少々よろしくない性格ですの」
ようやく振り向いて、ベンチに座っている天音良と振り返った。天音良も立ち上がって、誠と面と向き合う。ちょうど夕陽がバックにあるせいか、顔に影が差しているが彼女は変わらない笑顔を誠に向けていた。
「好きにしろよ。怪我とかそういうの、しても知らねーからな」
「結構ですわ。あなたが守ってくださるもの」
天音良はためらいなく、満面の笑みでそう答えた。また恥ずかしさが戻ってきた気がする。
その後、日が暮れてきたこともあり、そのまま帰宅することになった。天音良を家まで送っていこうとするが、やんわりと断られてしまった。仕方なく、誠は一人でバスに乗って帰ることになった。バスに乗る直後、
「今日はありがとうございました。誠さんのことをたくさん知れて素敵な一日でした。また、この街を案内してくださる?」
「ああ、機会があったらな」
誠がバスに乗ると、すぐにドアがしまった。窓から覗くと、天音良が小さく手を振っている姿が見えた。子供じゃあるまいし、振り返したりはしなかったけど、天音良の姿が小さくなって見えなくなるまでずっと顔を向けていた。
家に帰った誠は、今日のことで完全に舞い上がっていた。稲子は誠が殴られた顔の跡を見て「また喧嘩してきたの?!」と怒られたが、今の誠には完全に上の空だった。どんな言葉も、頭の中がお花畑ならぬ天音良の笑顔畑の誠には馬の耳に念仏であろう。これには稲子もお手上げの様子で、気味の悪い笑顔を浮かべている誠に問い詰めた。
「どうしたのよ、そんなにニヤニヤして」
「あ? いや、なんでもねぇよ」
「どうせそのアネラって子からなんか言われたのかもしれないけど、誠を傷付けないために言っただけだよ」
「ま~さ~か~」
そんなのあるわけがない、と誠は断定した。もちろん、これを機に調子に乗って彼女のことをおろそかにして、また傷つけてしまっては元も子もない。勝って紐を締めろだ。
なんというか、天音良と会うのが今まで恥ずかしかったが、逆に会うのが楽しみだ。明日は月曜日だし、日を跨げばすぐに彼女と会える。
思えば、涼以外にこんなにも同年代の――それに異性と仲良くなれたのは初めてだ。そういう点では、後押ししてくれた涼に感謝だ。
もうその頃には、誠の記憶から、自分にそっくりな少年のことやカラスターのことは、記憶の片隅に押しやられていた。
――そして、誠が心の奥底から笑顔を浮かべられたのはこの日が最後になるとは、本人も思わなかっただろう。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます