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この近所では割と高級の部類に入るマンションの12階、3LDKの我が家。
「ただいまー。…おかえりー、と。」
部屋の電気は付いているが、バイトを終えた勤労少年である俺を出迎えてくれる声は無いので、“おかえり”はいつもセルフサービスだ。母と2人暮らし。真っ暗な部屋に帰るのは味気ないので電気はいつも付けている。
母は夜の蝶だ。結婚もせず、20歳で俺を産んだ。父親が誰かは教えてくれないし、聞いた事はない。3年ほど前から、店を任され、いわゆる雇われママというやつになり忙しいらしい。放任主義ではあるが、よく漫画とかドラマに出てくるような虐待や育児放棄もない。若い母親が子供を虐待しているというニュースを見る度に母は、「ああいうのがいるから、ちゃんとしてる人まで白い目で見られるのよ。きちんと育てる覚悟が無いなら産むなっつーの」とぼやいている。マザコンと思われても構わない。そんな母ちゃんが大好きだ。恋人はいないらしい。俺も数年もすれば独立するんだし、第二の人生を楽しめば良いと思ったりもする。
録画していた人気SFシリーズの映画でも見ようかと思ったのだが、急に疲れというか倦怠感に襲われる。心なしか頭も痛い。風邪かな。明日は休みだし早めに寝よう。シャワーは浴びたいが、風邪を悪化させても困る。明日にしよう。
奇妙な夢だ。むかしむかしのお伽話。
姫を助ける為、異国の騎士は怪物と対峙する。
騎士の長い髪は見事な赤銅色。暁の色、希望の色と吟遊詩人にも歌われていた。
騎士自身はその赤い髪が嫌いだった。
自分の髪は希望の色ではなく、血の色なのだ。
騎士は自分を慕う姫の為に闘う。
それが騎士の唯一の使命。怪物とは互角。
騎士は左腕を失いかけ、怪物は右目を失う。
怪物からはねる血で、騎士の豊かな赤い髪が、赤黒い血が星々の様に点々とこびり付いている。
ようよう倒した怪物の最後の血飛沫を浴びて、一際、赤く輝いた。
助けた姫の共に暮らそうという願いをも断り、旅を続けた。
夜の森に黒髪の線の細い青年が倒れている。
背中から切り付けられたようだ。
奥の方から人々の怒号と剣のぶつかり合う音が聞こえる。
森にも火が放たれたようだ。
そこに金髪の男が現れる。
男は青年に向かい何かを語りかける。
異国の言葉か呪文か、良くは聞き取れない。
金髪の男がこちらを見た気がした。
金髪の男は怪物を倒した騎士だった。
元騎士は青年と口付けを交わす。
すると、どうだろう青年の衰弱した顔は見る見るうちに精気に満ち溢れてくる。
背中の傷も塞がっているようだ。
おどろおどろしい血だまりの中、黒髪の青年が立ち尽くしている。
青年を慰めるかのように霧が立ち込めてくる。
不気味な鳥の鳴き声が夜の静寂を切り裂いた。
青年の前には再びあの金髪の男が現れる。
あの時とは逆に金髪の元騎士が血まみれで立っている。
顔には無数の擦過傷、腕や腹に刺されていたり、銃弾を受けているようだった。
青年は駆け寄り、元騎士を抱き締める。
元騎士は青年に囁きかける。
青年は驚いたように元騎士を抱き締める腕を緩めた。
そして暗転。
青年は立ち上がる。白みかけた空を仰ぎ、口の周りの血を手で拭った。
背中に一太刀浴びせられた頃より幾分か精悍な顔つきをしていた。
青年は足元に転がる元騎士の無残な亡骸に目を向ける。
魂も何も残らない元騎士の亡骸に労わるようにそっと口付けを繰り返していた。
東からの朝の訪れに照らされて青年の髪は黄金に輝いていた。
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