第3話

 目に映る全てが灰色だった。

 どうやら俺が立っているここはかつて都市部だったらしく、堆積した灰からビルの残骸が顔をのぞかせている。

 自律AIの投入によって、戦争は人類の管理し得ないレベルまで激化した。結果として人は地下に逃げ込み、這い出して来たのが今から十年前の事だ。

 地上は、きれいさっぱり焼けていた。放射能の汚染レベルが人間の適応範囲内だったのは僥倖というほかないだろう。

 灰の雪は未だに降り続けている。

 手元の懐中時計は八時二十三分を指しているが、この時計は拾った時からずっと八時二十三分を指している。

 行こう。

 行く当ても無いが。

 踏み出す一歩一歩に、灰が絡みついて重い。

 旧型の小型ラジオをポケットから取り出し、音量を最大にしてスイッチを入れる。

 灰色の世界にホワイトノイズが響く。

 灰色の空、空きチャンネル色の空。

 俺の育ったシェルターの中にあったテレビとやらは、いつも灰色だったが。

「……ん」

 ラジオから流れる砂嵐が、僅かに揺らいだ。

 担いでいたライフルを構え、スコープを覗く。

 地平線の果てに土煙を視認した。

 野良ロボット狩り。

 それが俺の生業なのだ。

 人の英知の結晶たる戦闘機械も、経年劣化は免れない。

 ましてや、こんなざまの地上に野ざらしにされて精密機械がまっとうなわけが無かった。

 大半のロボットは司令塔を失ったことでおざなりな思考AIだけが残り、単純な戦闘行動を続けるだけの獣に成り下がっている。

 初撃。

 装甲の隙間を縫ったライフル弾が右腕部を貫通した。僅かにバランスを崩した野良は、それでもスピードを緩めない。一直線にこちらへ向かってくる的に向かって、二発目を放つ。

 精度がいいとは言い難い粗悪品のライフル弾は、僅かに右に逸れた。装甲に弾かれる。三発目――いや。

 ライフルを捨て、腰のサブマシンガンに手をやる。

 向こうの武器はあらかた摩耗している。残弾管理が必要な飛び道具の類は無いと考えていい。

 スコープ越しに見えた、宇宙服のようなシルエットには見覚えがある。

 とりわけ古い型のロボットだ。

 生きているであろう武装に当たりをつけながら、サブマシンガンを牽制程度に撒く。

 距離が詰まる。

 目下、あれの最大の武器は、時速80キロの速度。

 約二十メートル。挙動に変わりはない。このまま突っ込んでくる気だろう。この時点で、まともな武装はほぼ無いと断じていい。

 距離にして約三メートル、身を躱しながら人の眼球大の機械を投げつける。

 灰の上を滑っていたキャタピラ部に貼りついたそれは、二秒ほど間を置いて起爆した。 

 小さな爆音は、灰の雪に溶ける。

 足を失った野良はそのまま慣性に任せて前のめりに灰に突っ込むと、そのまま動くのを止めた。

 半ば灰に埋もれたそれの関節部めがけて、担いでいた鉄パイプを突き立てる。

 自己防衛反応――人で言うところの『痛み』を受けて、AIに内包された破壊衝動がトリガーする。

 赤く光るセンサーでこちらを見つめながら悪あがきを繰り返すが、突き立った異物は既に中枢部に達していた。

 赤い目。

 あの奥にあるのは憎悪なのだろうか。

 恨みがましくこっちを見つめていたその目は、やがてゆっくりと光を失い、そして耳障りな旋律が始まった。

 ロボットは、壊れると歌うのだ。

 歌う、としか形容できない。

 発声する機能を持たない戦闘機械でさえ、死の中で旋律を発する。

 何もかも壊れた中で、声ともつかない音で、旋律を繰り返す。

 死の際に、生まれて来た意味を思い出したかのように。

 たまらなく不快な不協和音。

 歌が嫌いなのは俺だけではない。

 『ロボット狩り』を生業とする者に大体共通する、職業病のようなものだ。

 装甲を剥がし、中枢の精密部をかき回し、めぼしいパーツをあらかた頂いて、機械から鉄くずに変わる瞬間まで、その歌が止むことは無い。

 このロボットは、現存している中では古参の部類だ。

 どれだけの死を見送ったのだろうか?

 灰色の世界で、歌を歌うものは少ない。

 歌や言葉が文明の象徴だというのなら、文明なきこの世界で歌が失われていくのは自然な事なのかもしれない。

 いずれにせよ――この世界では歌は流行らないだろう。

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歌姫の末裔 私ちゃん @harukawanosora

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