火刑法廷 (3)
それからの出来事はあっという間だった。
玉座は本領を発揮し始めていた。
滴る汗は瞬時に蒸気と化し、女の悪趣味な紫色のドレスは煙を上げ、皮膚にまるでかさぶたのように張り付いた。
鉄の焼ける臭い、布の燃える臭い、肉を焦がす臭い――
様々な臭いが、段階を踏んで鼻孔に届く。
それに伴い、女の遮られた悲鳴も徐々に勢いを増し、その絶叫が激しくなればなるほどより鮮明に耳へ届いた。
やがて鉄板は赤を通り越しオレンジ色に染まり、人体は臨界点を越えたかのように突然火柱を上げる。その衝撃で布地の結び目が解け、絶叫はもろに狭い車内に鳴り響く。
ゴオゴオと燃える焔。人型の影。魂の叫び。
バージット・ゲーブル=テンペが幾度となく見てきて、時折恋しくなる光景の一つだ。
そしてビーチェ・ヴァージルはそんな隣人の様子も含めて、一歩引いた達観した様子で眺めていた。
クライマックスを迎え、絶叫がプツリと途絶えると、レバー係はすかさずレバーを元の位置に戻す。そして電光石火の勢いで大蛇のような消化ホースを手に取ると、凄まじい高水圧を椅子にまっすぐ浴びせ掛けるのだ。
船の舵輪のような蛇口を再度回したとき姿を現したのは、玉座にもたれ掛かる真っ黒で細長い炭の塊だけだった。
ビーチェとテンペは揃って玉座に向かい、美術品を鑑賞する
黒一色の中には一つだけ金色に光るものがあり――よく見るとそれは歯の形をしていた。
「盗らないの?」
ビーチェの質問に、テンペはあからさまな軽蔑の表情を浮かべた。
「私は盗人じゃないんだ。お気に召すならどうぞ、止めはせん」
「遠慮しておくわ。気持ち悪い」
テンペはタバコを一本取り出し、喫い点けて言った。
「またしてもハズレか――こいつは『シロ』だ」
「あら、意外?」
「いんや」
テンペはそっと頭を振って、
「予定調和すぎて吐きそうだ」
火刑法廷はこれにて閉廷。
空飛ぶ箱は徐々に高度を落とし、二人がようやく外の新鮮な空気を吸ったのは、もう日が暮れて、人っ子一人いない様子の貨物駅脇だった。
火刑法廷は人目に付き過ぎる。だからこうした場所に着陸するのは暗黙の習慣となっていた。
テンペはビーチェの大荷物(彼女は概ね、旅行において荷物を持ちすぎる嫌いがあった)を持ってやりながら言った。
「王都までは次の最終で一駅だ。宿はいつものところか? ホール裏手の――」
「ええ、ええ」
ビーチェは言った。
「明日はヘスター・アッシャーの初公判。寝坊する訳には行かなくてよ。きちんと高くて便利なところを選んだわ――でもどうかしら。もう遅いけれど、まだレストランは開いているかしら」
「アレを見たあとにまだ食欲があるとは、お前も中々――一応訊いておくが、何を食べるつもりだ?」
「ええ、そうね――」
ビーチェは口に手を当てつつ考えた。
「よォく火の通ったステーキ。ウェルダンってやつ」
「悪趣味な」
バージット・ゲーブル=テンペは喉をカラカラと鳴らして笑った。彼女がその台詞を吐くのは、世の中広しと言えどビーチェ・ヴァージルに対してぐらいのもので、彼女なりの最大限の賛辞でもあった。
「私はレアがいい」
麻袋に包まれた女の亡骸はドサリと音を立て、得も知れぬ人物の手に渡りつつあった。
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