23】彼女のいない日 -3
教室へ鞄を取りに戻る。そして、正門の靴箱へと向かう。
……その間。
僕がひたすらに考えたのはやっぱり、理塚くんの言葉で覚えた違和感の正体だった。僕は、何に引っかかったのだろう。違和感の中に拒否感は感じていない、だから理塚くんが間違ったことを言ったわけじゃない。間違いはない、けれど違いはあってそれが違和感に繋がってる、けれどその違いとはなんなのだろう。
「……くそ」
僕はついイラついて(この感情は久々だ)、ふと興味がわいてマンガや小説の登場人物がしているように親指の爪を噛んでみる。とくになんの感慨もわかなかったので、すぐにやめた。
とにかく、沢瑠璃さんを探しに行こう。
……ダメだ、この言葉もどこか腑に落ちない。方向性は合ってる、でもどこかがズレている。
そんなこんなを考えてるうちに、靴箱にたどり着く。
とにかく行動はしなくちゃいけない。動いていく中で、見つけるしかなさそうだ。悩みで鈍る足先に靴を履かせて、僕は正門を抜けた。
「あら、織野くん」
抜けたと同時に声がかかってきた。
女性の声に慌てて振り返ると、そこにいたのは……沢瑠璃さんのお母さんだった。びっくりした……声の質が似てるから、沢瑠璃さんかと思った。
そう言えば、沢瑠璃さんの担任の先生が話しあう、と言っていたから、沢瑠璃さんのお母さんがここにいるのは偶然じゃないだろう。
「今から帰るところ?」
「え、あ、はいそうです」
帰りといえば帰りだけれど、沢瑠璃さんを探しに行くところです、と言っていいものか判断できずに、そんな返事をしてしまう。
そんな心の間合いをとってしまったから、僕はそのまま少しのあいだ沢瑠璃さんのお母さんと目を合わせたままにしてしまった。
すると。
「織野くん、ごめんなさいね」
いきなり謝りの言葉を沢瑠璃さんのお母さんが口にしたものだから、僕はおもわず「はいっ!?」と裏返った声を返してしまった。
沢瑠璃さんのお母さんは苦々しい笑みを浮かべる。
「うちの子、すごく迷惑かけたでしょ。……あ、もしかしたらあなた、知ってるんじゃないかしら。穂花が学校来てないこと」
う、と僕は声を詰まらせる。なんと答えたらいいのか分からなかったけれど、それがそのまま答えになってしまった。沢瑠璃さんのお母さんは眉をしかめてため息をついた。
「やっぱり」
「ち、違うんです、僕も今日知ったばかりで!」
沢瑠璃さんの無断欠席に一枚噛んでると思われるのではと思うと、僕はあわてて手をバタバタと振る。すると、言葉足らずなこの言い訳の意味を沢瑠璃さんのお母さんはすぐに理解してれて、「分かってるわ」と言ってくれた。
「今日、学校に来たのもその事で先生に呼ばれたからなの。でも、親の私たちに言うならまだしも、無断欠席までするならもう放っておけないわ。私たちにも学校にもあなたにも迷惑かけるなんて」
「ぼ、僕は迷惑だなんて」
「……あなたは優しい子ね」
沢瑠璃さんのお母さんは、小さく笑う。その視線が、左手の腕時計に落ちる。
「あら、もうこんな時間。そろそろ行かなくちゃ」
「あ、すみません、急いでるのにお話させてしまって」
「いいのいいの、私から声かけたんだから。じゃあね織野くん、うちの子の嘘に付き合わせてしまってごめんなさいね、あの子にはきつく言っておくから」
そして、沢瑠璃さんのお母さんは正門をくぐっていった。
僕はその背中を目で追いながら。
(これか……)
と心の中で呟いていた。
この言葉の意味とは、さっき理塚くんから聞いた言葉に対する違和感の正体だった。
沢瑠璃さんがついたウソ。嘘。
理塚くんと沢瑠璃さんのお母さんが口にした言葉で共通した言葉、それが、それだった。
二人とも、そのウソが何を指してるのかは言っていなかったけれど、聞かずとも察することはできた。
おでんを探している。
ウソとはつまり、それだ。それ以外に無い。そして、そのウソに対する回答も、二人は共通している。
やめさせる。
おでんを探しているのはウソで、それのせいで無断欠席までしているのなら、やめさせるべきだ。それは間違っていないと思う。
でも。
「あぁ、くそっ」
今回の悪態は、かなり本気だ。なぜだろう、違和感がまだ消えない。答えを見つけたと思えたのに。この感じは、あれだ、昔のロールプレイングゲームで、仲間になる二人目の王子の城にたどり着いて「よし初の仲間!」と思ったら、その王子は先に旅立っていたという間の悪さ、でも城に行っておかないとそのイベントが起きない、けれどあることを見過ごしてるせいで次の先が分からない、という、まあ要は答えを見つけたけれど、本当の答えは他にあって、でもこの答えは必要で、だからと言って何かを見逃してるせいでこれからどうすれば分からない、という、そんな感じだった。
――僕は、頭のすぐ上を取り巻いている、一向に晴れてくれようとしない違和感を払えないまま、歩きだした。
沢瑠璃さんを探す。合っているようで、けれど違ってもいるようなそれしか、今出来ることはない。
僕は、そんな疑問を抱きながら、今日を含めた三日間を過ごすことになった。
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