15】理塚-3


 ……そういう言い方をするなら、やっぱりオレはあざといか。


 理塚はおもわず苦笑いする。

 まあそのところは、織野に沢瑠璃とのきっかけを作った、という言葉で自分をごまかそう。

 そこまで考えたところで、自分の家のマンションのそばまで戻ってきた。理塚の家は五階で、見上げると窓から明かりが漏れている。この時間帯、専業主婦の母親が夕飯の準備をしてくれているはずだ。


 でも、理塚はいつものようにマンションの玄関を何も考えずに入ろうとせず、立ち止まった。そして、夕刻と夜の狭間のあわい暗闇に包まれつつある自分のマンションをあらためて見上げる。


 ――けれど。


 けれど、と理塚は考える。織野と沢瑠璃の二人の関係そのものとは別に生まれたある疑問を思い浮かばさざるをえなかった。


 昨日だ。


 昨日、織野と沢瑠璃は、逃げ出してもう一ヶ月近くになるという沢瑠璃の飼い猫を探しに、このマンションを訪れている。

 それそのものはあえて何も思わない。猫のことはよく分からないから高い所ばかりを探すことに異論を挟めない。高い所が目的だからうちのマンションを訪れたことも当然だろう。

 だから、理塚の抱く疑問は今のところ、織野、沢瑠璃の二人の関係にではない。思い浮かぶのはまた別にある。どうにも気になって仕方ないことがある。


 理塚はまた歩きだすとマンションの玄関をくぐり、いつもどおりエレベーターを使わず階段で五階まで上がる。そして家へと帰った。


「母さんただいま」


「あら、みつくんお帰りなさい」


 案の定、母親は夕飯の準備をしていた。後は皿への盛りつけで終わるようだ。

 理塚は手洗いとうがいを済ませる。


「お父さん、もう少しで帰ってくるから。宿題あるなら食べてからにしてね」


 母親が、使い終わった包丁やザルを洗い始めている。今のセリフは、手洗いうがいを終えた息子がいつものようにいったん部屋へ戻ると思ってのことだろう。

 けれど、理塚はそうしなかった。

 テーブルの椅子に鞄を置き、スマホをポケットから取りだした。


 ――そう。

 理塚が疑問を感じているのは、織野と沢瑠璃の二人にではない……いや、より明確に言うと沢瑠璃にではない。今のところは。疑問に感じて、それを聞くべき相手は目の前にいる。


「母さん」


「わ! ……びっくりした、みつくんまだそこにいたの?」


 部屋に戻ったと思っていたのだろう、びっくりした母親が笑う。

 その母親へ歩み寄る。


「母さんさ。昨日、このマンションで織野と女子を見たって言ったろ?」


「え? ええ。わざわざ来たんだから、もし追いつくなら何か飲み物くらいは手に持たせたほうがいいと思って」


「それで、階段を上がってくあいつらの声が聞こえて、わざわざ追いかけようとしたんだっけ」


 織野と沢瑠璃が使った階段。あの二人は知らなかっただろう、織野はここまで上がってきたことはなく、沢瑠璃はこのマンションに来たことがないのだから。

 知らなかっただろう、二人が使った階段が理塚家に隣接していたことを。そしてそれの後から、母親がついて行っていたことを。

 母親は、六階と七階の踊り場についたとき、七階の廊下を横切って走っていく沢瑠璃、そしてその後ろを這う這うの体で追いかける織野の姿を見つけた。本当ならその後を追って注意するはずが、六階から踊り場をうっとうしそうに見上げる住民の姿を見かけ、母親はその人への対応におわれたのだ。


 理塚は昨日聞いたその話を、もう一度確認しなければならない。


「そうよ。ああ、みつくん、織野くんに伝えてくれた? 私が頭を下げるのは全然かまわないけど、住んでる人にご迷惑をかけるのはちょっとね」


「ああ、伝えたよ、気をつけるってさ。でさ、ちょっと聞きたいことあるんだ」


 理塚はスマホを操作し、母親へ差しだした。

「この猫も見てるはずなんだけど」


 ――理塚の差しだしたスマホには、沢瑠璃の飼い猫の写真が表示されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る