15】理塚-2

 その織野が沢瑠璃を知るきっかけを作ったのは、理塚だった。


 実は、理塚は中学の頃から沢瑠璃を知っていた。といえ、知っているレベルはまさに知っているというだけのレベルで、その理由も変わった苗字だからというそれだけに過ぎない。

 ただ、それでも一つだけ沢瑠璃について言えることがある。


 二年も半ばになってから、隣のクラスに沢瑠璃がいることを知って、その時に気づいた。

 沢瑠璃は、明らかに暗い性格になっていた。

 別に会話を交わしたわけでもない。けれど、とある昼休み、興味本位でクラスを覗きに行ったとき、誰と囲むわけでもなく独りで弁当を食べている沢瑠璃を見て一瞬、別人と見間違えた。少なくとも、何人かの友だちと明るくしゃべっていた中学時代の沢瑠璃と同人物とは思えなかった。だから別人と見間違えるほど、彼女は独りだった。


 いじめにあっているわけではないことは、部活の友だちのツテで沢瑠璃のクラスメートに聞いてもらって確認した。沢瑠璃は、独りになったわけではなく自分を独りにしていたのだ。

 だから、理塚にはどうにもできなかった。仮にいじめがあったならそれに介入できたろうに、沢瑠璃が自らそうしている以上、理塚にはどうにもできなかった。オレは何してるんだ、と自覚するくらい余計なお世話だった。


 ――だから、と言うべきだろうか。学食で昼を食っているふとしたときに、織野へ沢瑠璃の名前を出したのは。


 隣のクラスに変わった苗字の女子がいる、と軽い世間話のように理塚は沢瑠璃の名を出した。今考えたら、それはどうしたらいいか分からないもどかしさを紛らわせるための一言だったのかもしれない。いや、もどかしさを表した一言だったのかもしれない。


 そしてそんな一言だったからこそ、飲みかけた水を吹きだすという古典漫画のような織野の反応に、呆気にとられた。いや、横に並ぶ席で良かった、と、前の席に誰もいなくて良かった、くらいは頭をよぎった。


 どういうことか尋ねてみると、織野は子供の頃に起こった高所恐怖症の原因にもなる出来事を、少し顔を歪めながらも話してくれた。その話を人にするのは憶えていないくらい昔らしかった。けれど、沢瑠璃のことを命の恩人、と呼んだとき、織野はこっちが照れてしまうくらいはにかんだ笑みを浮かべた。


 その笑みを見たとき、理塚は心の中で何かは分からない何かが少し動いたような気がした。

 けれど、たとえば二人が話をするような場をセッティングしたりなど、強引な真似を理塚は決してしなかった。織野は女子に奥手で、沢瑠璃のことを知ったあとも積極的に動こうとはしなかったけど、それは自然に任せるべきと思った。


 けれど。


 マンションに押し入ろうとする一人の女子高生の噂が立ち、それが沢瑠璃だと知ったとき、理塚は動揺した。行動の意味が分からないぶん、その動揺はイヤな方向のものでしかなかった。何かをしなければ。何かを。


 そんなときだった、昼休みギリギリに登校してきた織野が、高いところを見て吐いた、と言ったのは。


 このときの胸騒ぎを、理塚は今でも説明できない。

 けれどその胸騒ぎがあったからこそ、ほかの友だちと学食まで行ったけれど引き返すという選択肢を取った。ついでに二人で食うパンも買って。


 はたして。


 織野から屋上に人を見たと聞いたとき、それは沢瑠璃だと直感した。そしてその直感が、理塚に口を開かせた。その直感を信じて、沢瑠璃の名を出した。


 そのときのオレは、あざとかったのだろうか。自分は動こうとせず、織野に頼ろうとしたのは。

 理塚は自問し、しかし、すぐに否定の自答を返す。


 たぶん、オレでは沢瑠璃に拒否される。けれど、織野なら。それは奇妙な期待で、けれど確かな期待だった。


 はたして。


 理塚が出会った二人であり十年も前に出会っていた二人でもある織野と沢瑠璃はおでんという猫を探すために、一緒に行動している。聞くと、織野からでなく沢瑠璃のほうから織野へ話しかけるという、意外な展開ではあったけれど。ただ、どちらからであれ、それそのものは思ったとおりの方向へ向かってくれたと思っている。

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