14】休火山とのお茶タイム -2


 まあまだこれからだし、僕ひとりが入ったところで簡単に解決できることでもないし、というふうに心の中でそのカフェオレに自分で砂糖を入れていると、


「でさ、そのことで一つ聞きたいことあるんだけど」


 顔を上げると、沢瑠璃さんはケーキをすくう手を止めていた。だから何を聞かれるのか気になって、僕も手を止めた。


「お前はさ、なんで手伝おうと思ったの?」


 おもわずドキッとする。聞かれなければ聞かなければでいい、と思っていたところを聞かれた。

 たぶんそこは、はぐらかせばはぐらせたで沢瑠璃さんは「ふぅん」で済ませそうな気がしたけど、僕は一つ息を置いたあと、二つある手伝う理由の一つを話すことにした。もう一つはただの告白になるので、ここで話せる方だけを話そう。


「沢瑠璃さんが、僕の命の恩人だからです」


 理由をまず端的に説明すると、沢瑠璃さんは案の定「はぁ?」となった。その反応は予想どおり、というか確信していたので、次は詳しい説明に入る。


「沢瑠璃さんはさ、七歳くらいの時に湊川公園ですべり台から落ちる男の子を助けなかった? もしくは助けようとしなかった?」


「湊川公園?」


 沢瑠璃さんは一瞬眉をひそめて、そして目をつむり、そしてぱっと目を見開き「あぁ湊川公園!」と大きな声を出していた。


「懐かしい名前ですぐ思いつかなかったぞ。知ってる知ってる、今もたまに近く通るし。……あ、でそこで男の子を助ける……あ、うーん、あれを助けるとは言わないと思うけど……、すべり台の上から落ちた子のベルトを捕まえようとしたことはあったかなー……」


 僕はにんまり笑って自分を指さした。

 初めは眉をひそめていた沢瑠璃さんだったけど、その表情が徐々に驚きで染まりはじめてぽっかり口が開きはじめる。そして僕の顔を指さしたとたん、表情に驚きが爆発した。


「きみ、もしかしてあの男の子のお父さん!?」


「……」


 沢瑠璃さんは僕の時間を止めた。

 ……

 五秒経過。

 そして時は動きだす。


「……僕は時の流れに身を任せてるよ」


「冗談よ。きみ、あの時の男の子!?」


「……うん」


 なんだろう、僕の中の大切な何かが壊された気がしてここ近年まれに見るほどヘコんだけど、沢瑠璃さんがあのときのことを憶えていたことを心の支えに立ち直ることにした。


 沢瑠璃さんはこのタイミングで冗談を放り込んできたのに、びっくりだけはしっかりしているようで、


「え、マジで? きみ、ホントにあのときの? うわ、びっくり、ほんとびっくり! え、でもたしか、結局すべり台から落ちたし、救急車も来たよね?」


「うん。あれから入院もしたし、一週間くらいはホント危なかったみたい。けど、すべり台に一緒にいた女の子がベルトをつかまなかったら脳天から落ちて助からなかった、て担当医が言ってた」


 その後で、うちの両親がその女の子が沢瑠璃さんであることを知って挨拶に行ったらしい。けど、当時の沢瑠璃さんもベルトをつかみきれなかったことに相当ショックを受けていたらしくあまり思い出させたくない、ということで、その件はこの挨拶だけで充分、ということになったそうだ。


 僕はこの話を、中二の頃に父親から聞かされた。ある程度成長したし知っておくべきだ、というのと高所恐怖症が少しはマシになるかも、というのとがあっての告白だったようだ。高所恐怖症は全然変わりませんでした。

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