14】休火山とのお茶タイム -1


 探していた靴屋は見つかった。沢瑠璃さんの履いていた靴とサイズが同じものも奇跡的に見つかった。しかも店頭に。つまり、探す手間もなく。


 だから、ケイ酸が多く含まれる粘度の高いマグマを随時吹いていた沢瑠璃火山は、購入と同時に靴を履き替えることで特別警報から予報へと警戒レベルが下がっていた。

 僕は内心胸をなでおろしたけど、手は抜かなかった。靴屋から出ると同時に沢瑠璃火山を休火山へと追いこむ防災手段に打って出た。つまり、カフェでケーキセットをおごることにした。

 時間はまだ十七時、鎮災へ向かいつつあり、なおかつおごり。沢瑠璃さんは了承した。

 国の防災費と比較すれば超格安で事態は収束したのだった。



 カフェは、そんなに足労をかけることなく見つかった。無垢材がふんだんに使われた店構えはいかにもおしゃれで、一枚板の無垢材に『calme』という店名が焼きつけられていた。


 この店名が何語なのか、どういう意味なのか、沢瑠璃さんと話し合い、双方から回答がいっさい提示されないまま、つまりまったく意味のない会話を成立させたあと、店内へと入った。


 僕はチョコレートケーキと紅茶のセット、沢瑠璃さんはマンゴーソースケーキとミルクのセットを頼み、席の三分の一も埋まっていない店内のテーブル席で、頼んだものが出てくるのを待つ。


 沢瑠璃さんは同じ靴が見つかったことにいたく満足したのか、楽しげに足を軽く踏み鳴らしている。

 そして僕は。

 ……そわそわしていた。


 だって、途中怒らせはしたものの、買い物のあとのカフェ、そのコンボは誰がなんと言おうがデートでしょう。そしてそのデートは、彼氏彼女のタッグがなければ成立しないでしょう。つまりこれはデートだ! デートだよね!? とか考えていると、


「お待たせしました、ケーキセットです」


 テーブルに二組のケーキセットが置かれて僕は愕然とする。

 カフェにおける全行程の六割(当社独自分析)があっという間に完了してしまったじゃないか! あとは飲んで食べたら終わりじゃないか! なんてことをしてくれたんだ!

 そうやって人の段取りを汲んでくれない店側の段取りに絶望していると。


「あのさ」


 つるんとしていていかにも柔らかそうな丸いマンゴーソースケーキの頂上にフォークを入れながら、沢瑠璃さんが口を開いた。そして、ちょっと意外なこんなことを言った。


「今さらだけど、おでん探すの探すの手伝ってくれてありがとね」


 僕はフォークを取る手をおもわず止めて、沢瑠璃さんの顔を見つめてしまう。それが気に食わなかったのか、沢瑠璃さんは少し不機嫌そうな顔をした。


「なによ。私がお礼も言わない傍若無人で傲岸不遜で伸縮自在なやつと思ったか」


「……最後の四字熟語は意味不明として……い、いや! そんなことないよ! このカフェで初めの会話がそれだったことにちょっと意外だっただけで」


「ふぅん」


 納得したのかしなかったのか曖昧な返事をしたあと、沢瑠璃さんはケーキを一口食べ「あ、おいし」と呟いたあと、


「私、態度があんまり良くないのは自覚してるし、だからちゃんと伝わってないの分かるけどさ、こう見えてちゃんと感謝してるんだぞ」


 女言葉と男言葉の混ざる、今さら言うのもなんだけど沢瑠璃さん独特の話し言葉。今しがたの言葉もそのとおりだったけど、いつもの、なんというかとがった端々に丸みを帯びたような雰囲気が漂った。

 普段帯びているその雰囲気を、沢瑠璃さん自身は分かっていたのか。


「おでんを探してほしいって言っても、だぁれも聞いてくれなかったからな。お前に断られたときも、正直ショックだった。でも次の日、私のこと追っかけてきてさ、どうか手伝わせていただきたく存じます、て言ってくれたじゃん。あれは嬉しかったぞ」


「……」


 言ったことと言ってないことがコーヒーマイスターの淹れたカフェオレのごとく絶妙にブレンドしていたけど、嬉しかったという言葉が嬉しくて、今は聞き逃すことにした。けれど、


「まあ、おでんを捕まえられてないからまだ役に立ってないけど」


 このコーヒーマイスターは後味に苦味を効かせることも忘れなかった。

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