13】売り物における所有権について -2

「このスニーカー、歩きやすいのよ」


 僕を鞄から解放しながら、沢瑠璃さんが中断させていた言葉を続けた。


「ピンク色のラインも気に入ってるし。絶対と言うわけでもないけど、これの前も同じのを買ったし、あればこれを買う」


「沢瑠璃さんてこだわりが強いんだね」


 三代続けて同じものと言うのも珍しいので素朴にそう答えたけど、「バランスが悪いから選択肢が狭いのだよ」と沢瑠璃さんが顔を真上に向けたうえでの凄まじい急降下の睨みつけのおかげで、僕は「なるほど分かる分かるそうだよねこだわりが強いとは違うよね」と自らが驚愕するほどなめらかに沢瑠璃さんへ同意ができた。


「あれ、たしかこのへんだったよなー……」


 沢瑠璃さんとのアクションが大きい割に実入りの少ないやり取りをしているうちに、商店街の半分近くまでやってきて、沢瑠璃さんが周囲を見渡す。ここまでに靴屋はあったけど高い年齢層向けの店が一件あっただけで、僕もそんな沢瑠璃さんの目当ての店がないか見回す。


 と。

 そんな僕の目に、雑貨屋が止まった。


 と言え、おしゃれな店でもない。この商店街の生き残りのようなそのお店は、『ファンシー寺門』という看板を掲げながら昭和感の漂う店構えをなしていた。

 ただ僕が目を止めたのはその店構えでなく、その店前でささやかに展開していたバザールだった。商品を乗せたワゴンの上に装飾したポップには、『猫好きのあなたへ』という古めかしいキャッチコピーが添えられている。もちろんそう書いている以上、ワゴンの上に並んでいるのはネコ関連のグッズばかりだ。

 それを見て僕の脳裏をよぎったのは、沢瑠璃さんのクラスメートから聞いた話だった。


 ――鞄に、猫のグッズをじゃらじゃら付けている。いや、付けていた。


 僕は周囲を見回している沢瑠璃さんを盗み見る、いやより詳しく言えば沢瑠璃さんの鞄を盗み見る。


 やはり、何も付けられていない。――いや。意識する今だからこそ、見て分かった。鞄の肩掛けひもの根元部分に集中して、キズが多い。まるで、もともと何かを付けていたかのように。長い間、そこに何かを付けていたかのように。


 だから僕は、つい余計なことをしてしまった。あの女子が言ったことの真偽を確かめようとしてしまったのだ。


「沢瑠璃さん、そこ、ネコ関連のグッズが売ってるよ」


 そう言いながら、僕はネコグッズが陳列されているワゴンへ近づく。

 ぬいぐるみ、ストラップ、缶バッジ、シール、ポストカードなど、どこでもよく見かける種類のグッズがきれいに並べられている。綺麗に並んでいるということは、あまり見られていないということだろうけど。


「けっこういろんなのあるよ、ねえ沢瑠璃さん」


 そして振り向くと、沢瑠璃さんがいつの間にかすぐそばにまで寄ってきていて、僕が指し示したワゴンへ目を注いでいた。――けれど、その表情たるや。しらけた? 醒めた? 冷ややかな? その表現のどれもが当てはまるような硬い表情を沢瑠璃さんは浮かべていた。


「……私が探してるの、靴屋なんだけど」


 その声もまた表情に負けないくらい固い。それは鞄のような直接的なものでなく、冷たい水がじわりじわりと浸透してくるような圧があった。思ってもなかった反応につい気圧されてしまいながら、


「で、でも、沢瑠璃さん、ネコ好きそうだし、あ、これなんか」


 とりあえずすぐ手元にあったクロネコのぬいぐるみを手に取ろうとした。

 ――そのぬいぐるみを沢瑠璃さんは拳で押しつぶし、僕はとっさに手を引いていた。


「こんなもの要らない。特にこんな猫、要らない」


 そう呟き、沢瑠璃さんは最後に拳をグリッとひねりながら――止めをさした!?――、手を引いた。


「私は靴を探してんの。お前もちゃんと探せ」


「は、はい……」


 歩きだす沢瑠璃さん。顔は見えなかったけど、超絶不機嫌なのはその背中を見ただけで分かった。


 確定。確定。確定。

 僕は心の中で連呼する。


 以前はともかくとして、少なくとも今の沢瑠璃さんは確実にネコが嫌いだ。

 どんな出来事が沢瑠璃さんをそのまでのネコ嫌いにさせたのだろう。そこまでのネコ嫌いにして、なぜおでんは特別なのだろう。

 なぜ――


「こら織野司、置いてくぞ!」


「は、はい!」


 考える時間もなく沢瑠璃さんに怒鳴られ、僕は怒り肩になっているその背中をあわてて追いかけるのだった。



 ――ただ、追いかけるにあわせてこれだけは伝えることを忘れなかった。

「沢瑠璃さん……さっきのあれ、売り物だったんですが……」

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