13】売り物における所有権について -1

 沢瑠璃さんがデート(しつこいけど沢瑠璃さんは買い物と言ったけど僕は断固そう表現する)の現場に選んだのは、学校と駅とを結ぶ導線とは反対にある商店街だった。


 駅前には歩いてすぐにショッピングモールがあって、僕もそこを勧めたけど、沢瑠璃さんににべもなく拒否られてしまった。けれどその理由は「学校の連中がうじゃうじゃいるだろ」ということで、それについては僕もすぐに納得した。


 僕らみたいな連中は日々話題に飢えていて、少しでも新作の噂が入荷されるとものすごい勢いで改造が施されていく。しかもその改造がいっそプロモデラー並みに丁寧で精緻な仕上がりになればいいのに、完成予想図もなく「あ、これ面白そう」の発想だけで進めていく素人モデラーばかりなものだから、右から見るのと左から見るのとでまったく違ったものに見えるレベルになったり、最悪「え、これもともとガンダムだったの!?」みたいに原型を留めず新しく、けれど決して美しくない何かに生まれ変わったりもする。僕らのことも、そんなガンダムもどきにされるわけにいかない。


 そんなわけで、駅から離れた商店街なのだった。


 僕がこの商店街に来たのは五、六年前で、その頃はシャッターが降りたままの店も見受けられて寂れた感も強く、それが足の遠くなった原因だけど。


「へえ、雰囲気がちょっと変わったね」


 僕は独白にも近い現在の商店街の感想を口にした。

 降りたままのシャッターは相変わらずちらほらとあるけど、以前のような錆び錆びのものではなく、そのシャッターに様々なテイストのポップな画が描かれている。それだけでも雰囲気が結構明るく見えるのにあわせて、お店もおしゃれな雑貨屋やフード店がちょいちょいとある。通りに公衆電話があったり照明や屋根のデザインが少し古めかしく、まだまだ昭和感が残っている所もあり、商店街の若返り改革の真っ最中、そんな感じだった。


「前通ったとき、たしか見かけたんだよなー」


 商店街入口をくぐりながら、沢瑠璃さんがなんとなし、っぽく呟く。

 彼女が探しているのは靴屋だった。

 買い物行きたい、の提案に僕が電光石火で賛同したとき、沢瑠璃さんの指差しに導かれて彼女のスニーカーを見ると、それはもうボロボロだった。ピンク色のラインが入っている所が女の子らしかったけど、それが色褪せるほどひっかき傷やドロ汚れ、果ては靴底が少し剥がれかけている部分もある。そんな状態の靴は、高校生をしている女子が履くような代物ではおよそなく、そしてそんなダメージが、執念にも似た沢瑠璃さんの努力を物語っていた。同時に、沢瑠璃さんにとっておでんがどれほど重要であるかもその物語で語られていた。


「買いたい靴は決まってるの?」


 沢瑠璃さんの横を歩きながら尋ねると、沢瑠璃さんはその目当ての店をキョロキョロと探しながら「うん」と頷いた。


「できればこれと同じやつ。私、身長の割に足のサイズが小さいらしくて。運動神経が悪いのもそれが関係あるみたいだけど」


「ああ、バスケで指四本突き指したうわぁ!」


 凄まじいスイングで顔面めがけて鞄が振り抜かれて、髪を数本持っていかれながらもそれをしゃがんでかわしたもののひるがえった鞄が降ってきて、鼻先二寸のところだったけど今回も僕は受け止めていた。今回違ったのは、その刹那にかけられた上からの圧力で、鞄が僕の顔にめり込んできたことだった。


 奪われた視界は真っ暗で何も見えない、けれどカバンの向こうから沢瑠璃さんの声が聞こえた。暗く昏く闇い響きのそれは、彼女も鞄に顔を押しつけてるのではというくらいに近い位置から聞こえた。


「織野司……自らで殺すから自殺と言うんだが、今日は特別に私の手を貸すぞ……?」


「ういあへん……ほんおういあへん……」


 押しつけられた鞄で言葉にならず、圧力で両膝をつきながら、けれど僕は顔面でそれを受けきりながら両手を合わせていた。責めを余すことなく受けながらの命乞い、それはたぶん世界最高峰の謝罪だった。

 鞄を顔面に押しつけながら男子生徒に謝らせる女子生徒。そんな絵が、人の往来のあるこの通りで完成した。

 斬新だったに違いない。

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