12】ええ僕は断言しますよ、これはデートだと
「くそ、公僕の犬め、今に見てろ」
「……」
「私たちの税金で口に糊することができてるくせに」
「……」
「私が大統領になったら憶えとけ、こんなちっぽけな市なんかサイン一つで隣の市と吸収合併してやるからね」
「オッケー沢瑠璃さん、沢瑠璃さんの怒り心頭っぷりは充分伝わってきたよ」
僕は、僕の隣で缶ジュースの飲み口を口惜しげにがしがしと噛みながら罵詈雑言を並べたてている沢瑠璃さんをなだめにかかっていた。なだめる理由の割合は、うまくいかない日はうまくいかないことが立て続けに起こることへの同情(僕も当事者だけど)が二割、沢瑠璃さんが今話した中で修正すべき点が多々あるもののそれを修正する代わりが八割だった。
けれど、沢瑠璃さんはそうぶーたれているけど、まあ今日に起こったあれやこれやは仕方ないと言えば仕方ない、いや起こったのではなく起こしたのだから仕方ないと言うまでもなく仕方ない。
なぜなら今日の目的地は、警察署とその分署だったのだ(市立体育館はたんなる待ち合わせだった)。いや、警察署であることそのものが理由になるわけではない。問題は沢瑠璃さんの言動だった。
その建築物はただそこにあるだけ、あるだけなのに、陽光にぎらりと輝く旭日章と窓にがしりと取りつけられた格子を見るだけで、なんの罪も犯していないのにやましさだけが膨張してきて、「なんでよりによってここ!?」という心の叫びとともに沢瑠璃さんへ振り返る。
――沢瑠璃さんは、やはり器が違った。
「よしじゃあ行くぞ」、と一切の躊躇なく警察署の玄関へ歩きはじめたのだ。その足取りの軽やかさは、まるで「あ、アイス食べたい」という今じゃなくてもいい動機でコンビニに立ち寄る、それに迫る軽量化が施されていた。ミニ四駆であれば軽すぎてカーブでコースアウトするに違いない。
いや、それは僕のようにやましさがない証拠なのかも、いや僕もこの堅牢な建造物へご厄介になることはしてないけど、いやこれはそういう問題じゃない。
「沢瑠璃さんちょっと待って」
そう声をかけて止めようとしたけど。
遅かった。
「君ら、どうしたんだい」
運よく? 運悪く? どちらかはもう分からないけど、とにかく若い警察官がそこにいた。偶然だろうけど、玄関に立っていた。
その人としては怪しんだわけでもないのは僕も分かった。ただ、制服を着た高校生の男女が、意気も揚々と(僕は違う)警察署に入るのは目立つし、だからその人も親切心で声をかけてくれたのだと思う。
けれど、そんな人に対して沢瑠璃さんはあろうことかこう言い放ったのだ、「邪魔立てするな!」と。
なぜ対峙する必要が!?
さらには「おでんを探すだけだからかまわないで」「おでんのことをあなたに教える必要はない」と、そこまで沢瑠璃さんがおっしゃった時点で僕は即時撤退を選択したのだ。けれど沢瑠璃さんの剛胆さは収まらず、そのまま分署へ歩いていく、若い警官も当然そのあとを付いてきて、彼が沢瑠璃さんの肩へ手を置くその寸前で僕は彼女をかっさらって脱兎のごとく逃げだした。
で、今はその事故現場からほどなく離れたコンビニまで――この数日のコンビニ率の高さと言ったら――防衛戦を後退させている。
沢瑠璃さんがジト目で僕を睨んでくる。
「織野司、お前もだぞ。なんで公僕に味方したのよ」
「いや味方うんぬんじゃなくて。学校に通報されたら、おでん探しどころじゃなくなるよ」
「う。たしかにそれは避けるべき事態だ。よし、褒めてやるぞ織野司」
僕はため息をつく。
そろそろフルネームやめてくれないかなぁ。
と心の中で呟きながら、僕は沢瑠璃さんを見る。
「とりあえず、今の二ヶ所はハンコ捺していいとおもうよ」
あれだけ人の出入りがある所にネコがいればそれこそ騒ぎが起こって、おでんも逃げだすだろう。
沢瑠璃さんもそれには納得して、二ヶ所にハンコを捺した。「警察つぶれろ!」と呟きつつ警察署に力いっぱい捺したのはこの際見なかったことと聞かなかったことにした。
「でもどうしよう。妙に時間が空いたね」
スマホの時計を見ると、まだ十六時を過ぎたばかりだった。場所によってはもう一ヶ所、行けなくもないけど。
それを伝えると、けれど意外なことに沢瑠璃さんは顔を横に振った。
「いい、今日は終わり。それより織野司、お前はヒマか?」
「え? そうだね、今日は終わりならあとは帰るだけだけど。なにかあるの?」
すると、沢瑠璃さんはなんとこんな提案をしてきた。
「買い物行きたい。ヒマなら付き合わせてやる」
――僕がすぐに頷いたのは、言うまでもない。
沢瑠璃さんがただの買い物だとどこまで言おうが、僕は断固としてこう表現する、これはデート、だと!
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