10】替え玉システムと一枚の写真 -2

「うん、頑張っておでんを探すよ」


「……お前、分かっててポイント外したな。まあいいよ、順調なのはいいことだ。ああ、そうだ。お前、話変わるけどメールは見直してから送れよ」


 全部食べる主義らしくためらいなく尻尾ごと口へ放りこんだ理塚くんが面倒くさそうな目つきになる。昨日のありがとうメールが気に入らなかったらしい。


「あのメール、一瞬オレ名義で借金でもするのかってビビったぞ。次から気をつけろな」


 僕はもらった即席カツ丼のカツと卵部分を先に平らげながら、理塚くんに笑顔で返した。


「それなんだけど、間違った意識がないからたぶん見直しても気が付かないよ」


「……お前、その食い方やめた方がいいぞ。いやその食い方するやつが替え玉システム採用したのかよ。いや違うぞ、今ので学習したらあんなメールもう送らんだろが。ああ、そうだ」


 今日の理塚くんは、次から次に何かを思いだすらしい。まあそういうことはよくあるよ、と思いながら理塚くんの次の言葉を待っていると、理塚くんはなにかを考えているような顔つきでそのままだんまりになっている。いや、考えているというよりも、何かを思いつめているような、という表現のほうが合っているような難しい顔つきだ。


 理塚くんの反応をなお待っていると、やがて彼の目がぼくを見つめ返してきた。


「オレん家のマンションでおでんを探してたんだっけ」


「うん」


「おでんてたしか、猫だったっけ」


「そうだよ。写真あるけど見る?」


「いいんなら」


「ちょっと待って。はい」


 おでんの写真が映るスマホの画面を見せると、理塚くんは手に取ってじっと見つめている。いったいどうしたんだろうか。


「……何かあった?」


「ん。いや。この写真、俺に送れるか? って、沢瑠璃さんに確認するべきか」


「どしたの? 仏壇に飾るの?」


「飾るか! 不吉すぎるわ! いや、うちのマンションで見かけたら連絡してやれるかなって」


「あ、なるほどそれはありがたと迷惑な」


「ありがたと迷惑!? ありがた迷惑でなく!? あ、そうか、お前にとっちゃ半々だもんな」


「沢瑠璃さんに聞いとくよ、オッケーなら送るね」


「ああ、そうだ。オレの母さんが言ってたぞ、あの子たち廊下を走ってたけど、あまりしないほうがいいわよ、て伝えといてくれないかしらって。まあそれは母さんでなくても思うけどな」


「だよね、響くよね声。分かった、気をつけるよ。でも、理塚くんのお母さんの口調まで伝える必要ないと思うんだ」


「なに!? してたかオレ!?」


「これが小説だったら読み返せるんだろうけど、うん、してたよ」


「忘れろ! オレも忘れるから忘れろ!」


 そして理塚くんは見てからに照れ隠しでプリンの蓋を豪快に剥がすと、スプーンを使わずそのまま口にあてて、ズパッという音とともにブリン本体を吸引した。


「……それ、お年寄りや子供には絶対勧められない食べ方だよね」


「まあな。でもプリンは喉ごしがすべてだからな」


 決してそうでないはずのプリンへの総括で締めた理塚くんが、「ごちそうさまでした」と手を合わせたあと、食べたものを食器盆へきれいに並べて戻す。プリンは紙蓋とプラ容器に分けてそれぞれのゴミ箱に捨てにいく。


 そして最後にテーブルをかたく絞った布巾できれいに拭き終えると、理塚くんは学食の玄関を親指で指した。


「教室戻ろうぜ」



 ――理塚光宗。彼の思いやりは出し惜しみがなく、届かないところはないんじゃないか、と時々僕は思う。

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