10】替え玉システムと一枚の写真


「今日をどれだけ待ちわびたか分かるかい理塚くん、さあ食べて!」


「昨日のことがあってまだ二十四時間しか経ってないけどな。まあとにかく昼メシ、サンキュな」


「ごめんね、あんまり小遣いを理塚くんに使ってられないからこのくらいしかできないけど、さあ食べて!」


「お前の本音がさらりと入ってていまいち納得できないけどな。まあとにかく昼メシ、サンキュな」


「沢瑠璃さんともなんとか仲直りできたし、しばらくは君と遊んであげられないけどごめんね。さあ食べて!」


「お前が上位であることを示す文言が入ってることに断固抗議するけどな。まあとにかく昼メシ、サンキュな」


「それと……」


 昼休み、理塚くんとの約束を果たすために彼を学食へ無理矢理連れだし、席取りから順番待ち、彼がよく食べている料理の注文、受け取りまで行い、彼の前へ料理を置いた。で、食べる前にまずはお礼を、とそのお礼の対象を並べていると、理塚くんにそれを遮られる。


「まあ待て織野。お前の有頂天っぷりを見てりゃ、もうだいたい分かるよ。だからそれよりも今からする質問に答えろ」


「え、なに?」


「昼メシ、サンキューな、まさか次の日にくるとは思ってなかったよ。でもな。カツ丼、オレの好物だありがとう。天ぷらうどん、トッピングつけてくれたのかありがとう。プリン、気を利かして食後のデザートかありがとう。……最後に残るこの白ご飯(大盛)、このチョイスはなんなんだ、どこに礼を言えばいいんだよ」


「カツより先にご飯がなくなったら乗せかえれるでしょ」


「お前カツ丼に替え玉システムを採用したの!?」


 お前、汁気のない丼の食いづらさ知らんだろ、とブツブツ言いながらも箸を進める理塚くん。食えるか、と言わないところが彼らしい。


「でも、ホントありがとね理塚くん」


 僕はスティックパンの袋を開けながら、昨日のことに改めてお礼を言う。


「……お前、まさか昼それだけ?」


「え? そうだよ」


「やめろ! めちゃくちゃ食いづらいわ!」


 ったくムリしておごんな、と言いながら、白ご飯(大盛)の上にカツ丼の具を半分乗せてこちらに差し出してくる理塚くん。


「ありがとね、理塚くん。でも、理塚くんの言うとおりだったよ。より詳しく言うと理塚くんの口を借りた古賀征一郎先生の言うとおりだったよ」


「古賀? 誰だそ……いや、な、言ったとおりだろ。いやその言い正し方必要ないだろ?」


「僕が七階だよ? 理塚くん、僕から七階って単語を聞いたことある?」


「いんや、憶えてるかぎりは校舎の三階までだな」


「しかもだよ、こうして話せてるわけじゃん。これで克服したとは言わないけど、一歩前進はしてるよね」


 すると、理塚くんが決して厚くない、むしろ薄いカツをくわえたまま変な笑みを浮かべる。

「一歩? たった一歩か?」


「え?」


「いや一歩じゃねぇだろ、お前から聞いたかぎりでは二歩、いや三歩は行ってるだろ。だってお前、沢」「理塚くん。知ってる? ここは学生食堂だよ」


 僕は大きく手を広げて、なにも知らない理塚くんへたくさんの学生が出入りしているこの学食を紹介する。


「ほらごらん、あそこに今にもあふれ返りそうなゴミ箱があるね? さすが学食、ゴミの聖地」「悪かった、ホント悪かった! あれは百歩以上ゆずってもムリだ、いやゆずる気すら起こらねぇよ!」


「大丈夫、ほらあの女子が今捨てたやつなんか、見るからに取れたてだ」


「違う、摂取し終わって捨てたんだから取れたてとか言葉が違うぞ! 悪かったよ。でもよかったな」


 理塚くんが、今度はさっきと質の違う明るい笑顔を浮かべる。うどんからエビ天を持ちあげると衣がべろべろとはがれ落ちて、小指の半分もないエビだけが箸に残った。

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