2】見込みどおりだったらしい僕 -2
と、このタイミングでまたネコが一匹寄ってきた。このネコも、この地域でよく見かける。
ちょっと待って、このタイミングはマズイよー、と思いながらも、ネコの小さな額を見ていると我慢ができなくなる。もう、ちょっとだけだよ、と僕はかがみ込んで、近寄ってくるネコを迎え入れようとした。
――それを遮って突然、沢瑠璃さんが僕の目の前に立ちはだかっていた。
「はっはー! やはり、私の見込みどおりだったな!」
というセリフとともに。
突如の闖入者に、ネコは一目散に逃げていった。
そして僕は――「ぇえー」と思っていた。
いや。ここははっきりと言おう。引いていた。
なぜにこのタイミング? この少女の存在に気づいてから約十分。あれだけ不備のありまくりな尾行? 後追い? を続けてもやめる気配すらなかったのに、ネコの額を堪能しようとしたこのタイミングを自らの登場になぜ選ぶ?
脳裏にそんな疑問が膨らむけど、口にしたわけでないので目の前の少女には当然届かず、沢瑠璃さんは腕組みしながら何かに勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「あの。沢瑠璃さん」
さきほどのあのセリフからして続きがあると思っていたけど、予想と違って沢瑠璃さんは腕組みに笑みを浮かべるポーズで動きを止めたままだったため、僕は恐る恐る名前を呼んでみた。
すると、沢瑠璃さんの表情からあっという間に笑みが消え失せて、眉をひそめるというあからさまな不審感をあらわにした。
「私と初対面のはずよね。なんで私の名前を知ってんのよ、織野司」
「……」
なんで僕の名前を知ってるんだ、と口から出かけて止まった。尾行? する相手の名前を知っててもおかしくはないだろうし(たぶん)、そうなると初対面なのに名前を知っている僕の方が断然怪しくなる(これもたぶん)。そのせいで返答に窮まってしまい、思わず「て、適当に言ったら当たったんだ」というおそらく世界有数と思われるバカげたことを口走ってしまう。うわ最悪だ、僕はなんてバカなんだ、と自分の愚かさを呪おうとしたけど、それに対する沢瑠璃さんの返答は「……そうか」だった。そして彼女に笑みが戻る。
「でも、お互いの名前が分かったなら話が早い、おい織野司」
「は、はい、なんですか沢瑠璃穂花さん」
フルネームで呼ばれた反動で思わず僕もフルネームで呼んでしまう。すると再び彼女から笑みが消えて僕は窮まって世界有数のバカげたことを口走って以下同文。
……僕の頭があまりよろしくないのはこの頭ともう十八年付き合っているので十分分かっているけど……出会って早々に、僕の沢瑠璃さんへの評価が変わりつつあるなぁ。
「まあいいわ。とにかく織野司、あんたは私の見込んだとおりだ」
三度目の笑みを浮かべた沢瑠璃さんは、さっきも口にしたセリフとほぼ同じものをもう一度口にする。
それに対して、僕は黙ったまま沢瑠璃さんの次のセリフを待つ。沢瑠璃さんに見込まれること自体はむしろ嬉しいことだけど、何を見込まれたのかがまったく検討もつかない。僕は帰宅部の一学生にしか過ぎないのだ。
と思ったら、
「そ、それどういう意味ですか、って聞き返せよ!」
なぜか怒られる。
「聞き返しを要求するの!? しかも、どもりまで!」
「じゃあお前は何を見込まれたのか分かるっていうの?」
「いや確かに分からないんだけど、論点そこじゃなくて。なんで聞き返しが必要!?」
「でないと展開が進まないだろ」
「いや沢瑠璃さん主体で進めてもらっていいから!」
なんだろう、なんだろうこの噛み合わなささ。凸と凸、もしくは凹と凹のように引っかかりどころが無ければ諦めもつくけど、噛み合ってないけど少しずつ前には進んでいるという焦れったさ。
なので、主導権を全部沢瑠璃さんへ明け渡すと、沢瑠璃さんは「そう? じゃあ遠慮なく」と答えた。まあ、もともとこちらに主導権はなかったのだけど。
「私が見込んだのは、お前のその能力よ」
「……帰宅部の僕のどの能力?」
「さっき、毛むくじゃらの野生獣を操ってただろ、その能力よ」
けむくじゃら……あ、ネコのことか。でも野生獣って。愛猫家が聞いたら平行線の議論がかわされるぞ。
「あれは操ったんじゃなくて、たんに懐いてきてただけだよ。その証拠に、僕はあのコたちにお手もさせられないよ。まあネコだけど」
「む。そうか」
沢瑠璃さんは一瞬難しそうな表情になったけど、すぐに気を取り直して、
「でも、毛むくじゃらの野生獣はお前に寄ってくるのよね」
「ネコのことを毛むくじゃらの野生獣ていうの、字数的にもしんどくない? でもまあ、そうかな」
「だったら問題ないな!」
「え、なにが!?」
こちらに情報を与えないまま、何かの問題を解決してしまった沢瑠璃さん。けれどまず確実に僕が絡んでいる以上、心穏やかではいられない。
「あの、沢瑠璃さん。その、いったい何のことなのか教えて……くれたりするのかな?」
そう尋ねて、ようやく物事が主題のレールへ乗ったことに気づく。そうなのだ、お互いの名前を知っていても初対面の僕に、沢瑠璃さんがいったいどんな用があるのだろうか。……けれど、まさかのこのタイミングであのキーワードが飛び出すとは予想してなかった。
沢瑠璃さんが、フッと笑った。
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