第11話

辺りは薄暗く、月の光が雲間に差し込む。波に揺れてその場に浮かぶ一艘の舟の上で、生きとし生けるモノたちの発する子守唄を聴く。風は柔らかく肌を撫で、懐かしい花の香りまでも錯覚する。

宇宙にあっては見たこともなく聞いたこともないそんな世界をわたしは今も夢見ているの。



ツァオロンに持ち込んだデロデロジュースの空のボトルをコンソールに力なく放り投げながらホァレイは宙を仰いだ。本当にデロデロが懐かしかった。その色、その匂い、その形があまりにも当たり前すぎてみんなにはわからないらしい非日常感。わたしはあれがいつだって新鮮で、気持ち悪くて、大好きだったのだ。空腹。

ツァオロンのコンソールが赤く点滅しながらパイロットであるわたしに対して緊急事態プロトコルの推奨を盛んにアピールしていた。パイロット環境内における生存可能状況の不安。ホァレイ!空気が足りないよ!このままじゃ溺れちゃうよ!一時的に眠りにつきましょう!


まぁでも、わたしは休眠なんてまっぴらだった。なにより退屈に待ち続けるよりわたしは無駄な足掻きをしたい。時には自分を破滅させるような生き方をしたい。きっと後悔するだろうなと思いながら、わたしは衝動を捨てられない。それにわたしにはほかのわたし鳳麗がいることだし。なぜかわからないけれど、サイトーさんの苦笑いが妙に思い出される。あなたはいつも無茶をしますね、と。


いつのまにか通信用スピーカーから一定のリズムで流れていたノイズも聴こえなくなっていて、心なしか体が冷えてきた気がする。

ジゥゲイの体内は寒いのだろうか。食べ物を摂らなくなったせいで体温が維持できなくなってきたのだろうか。ジゥゲイに食べられて暗闇の中でわたしたちは死んでしまうと訓練プログラムは言っていたのにこんな風に死ぬなんて考えていなかった。


眠った覚えはなかったが、目を瞑っていたらしく、気がつけば真っ暗闇の中で、自分の息遣いだけがそこにあった。これではまるで戦闘中の宇宙遊泳だ。こんなに不安で寂しい気持ちになるなんて、今まで気付いてあげられなくて、ごめんね、ツァオロン。


寒くて、眠たくて、わたしはわたし他のわたしに導かれてパイロット環境内上部に取り付けられた手動コックを外しにかかる。カチリと軽い音がして一息に天板が外れていく。

で、わたしは暖かな風を顔に浴びる。

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