第8話

むかしむかし、わたしたちの生きるこの世界に砂粒という資源が豊富に存在していた頃に、星屑という資源はほとんど反対みたいに希少価値を持っていた。生々流転、万物不肖、今では星屑がかつての砂粒のようになっている。



人類が大切に運用している宇宙船マザーシップの中では、本当には時間は存在していない。ヒトによっては空間すらない。船内に生きている者たちの生存環境を維持管理しているシステムが、彼らのために時間と空間を適当な数値に設定しているだけなのだ。

で、地球式に朝と昼と夜が公式に24時間という枠の中で設定されていて、窮屈にも私たちはそれに

朝の6時に擬似的な太陽が昇り夜の6時に沈む。まぁ、だいたいそんな感じ。


鳳麗わたしのお腹も6時には空腹を感じ始めるんだよねぇ律儀に。ねぇ、他の鳳麗も同じかな?」

ジェイムズは、ホァレイのために目玉焼きとベーコンとトマトを焼き、その間にトーストをホァレイのために2枚、自分のために1枚トースターにセットする。ディッシュをそれぞれ準備する。

「おそらく、他の鳳麗きみも同様に6時には空腹を感じはじめていると思うよ。なぜなら、君たちは、完璧だからね」

フライパンの中をしっかりと管理しながら、ジェイムズはホァレイに笑顔を向ける。ジェイムズにとっては、ホァレイの寝癖も微かに目尻にこびりついた目やにも、誰に見られようがお構いなしの大欠伸もこの上なく愛おしくみえるのだった。

「ああ、ところでどっちが飲みたい?coffee or tea?

「いや、ミルクが飲みたい。なければジュースデロデロでも可」

「わかった、ミルクならあるんだ」

返事の代わりに、鳳麗は眠そうに目を擦りながら、ソファーに立て膝をつき、俯いて大きなあくびをする。ジェイムズは3つ目のポットをホァレイの見ていない間にどこからか持ってきている。


彼女が自室から出て通用路を3つ過ぎてジェイムズの部屋の前に立った時、太陽はまだ頂点にはやや遠く、時間は朝の10時になる前だった。緊張していたせいで、手のひらサイズの端末を使って髪を整えた際に、端末をポケットにちゃんとしまえずに取りこぼしてしまいそうになったほどだった。左手をそっと左頬に添えると頬か掌かどちらがどちらかわからないほどヒンヤリと冷たく感じる。ジェイムズの部屋に行くのは初めてだった。今までだって、こんなに緊張したことはなかったのに。


「ジェイムズ?」

部屋の認証ライトに手をかざして、私は部屋の主に声をかける。しばらくしてスピーカーからノイズが聴こえ、やぁ、どうぞ入ってという暖かくも優しげな声と共に部屋のドアがスライドする。で、私はジェイムズと久しぶりの休日に顔を合わせる。そして、鳳麗あの子とも。


「昨日ぶりね、ジェイムズ?元気にしてた?」

私は無意識に顔の角度を調節しながらジェイムズへの挨拶を始めてしまったことを意識して、不自然に見えないように少し体の向きを修正する。

「あぁ、ホァレイも元気そうね!」

おざなりにならないように、ジェイムズに向けた笑顔以上にあの子にも明るく接する。

「わたしはいつも元気ですよ監査官リーダー

ホァレイの無機質さ(のようにみえる態度)がほんの少し私の表面的な感情をざらつかせ、不思議な安堵感もまた訪れる。

「そうね、貴女たちはいつも元気よね!素晴らしいことね!」

自分の仕事の時鳳麗と跳龍と巨鯨の戦闘時とは違う態度に、あの子は少しだけ訝しげな顔をした。仕事に影響でるかな?と少しだけ思うけれど、仕方ない。これは必要な経費コストだ。


「えーと、今日は何しに来たんだっけ?」

ジェイムズは、能天気に私に尋ねる。どっち飲むcoffee or tea?


「紅茶がいい」

普段ならコーヒー派だけど、ここでは紅茶が飲みたかった。わかった紅茶ね、と言いながら、ジェイムズはキッチンスペースに入っていく。

「退屈だな……」

と、あの子が呟くのを私はしっかりと耳に捉える。

ジェイムズがキッチンにいる間、私とあの子の間には沈黙が主に漂い、ジェイムズの趣味であろう繊細で低音のリズムとメロディが部屋のスピーカーから静かに流れていく。

監査官リーダーはわたしがいつまでここにいるべきなのか知っていますか?」

不意にあの子がわたしに顔を向けて子供みたいな問いを発する。問いではなくお願いなのかもしれない。もしくは私を宇宙船の壁に見立てた独り言かもしれない。

「あなたの言う、ここ、というのがもしかしてマザーシップという意味ならば、たぶんあなたが死ぬまでここにいるべきでしょうね。あるいはジェイムズ、いえ、第一管轄科学技術士長殿の私室プライベートルームという意味ならば、いつだってあなたが出たいと望めば出られる、かもしれないわね」

あの子は私の答えに2、3度軽くうなづき、わかりましたYES MAMと返事をする。まるで全てを分かっている、とでも言いたげな表情で。あるいは諦めたみたいな顔で。


「ダージリンしかないけど」

カップを2つ、ボトルを1つ、トレーに乗せてジェイムズが戻ってくる。

「いいわ、私ダージリン好きだから」


私はお礼を言ってジェイムからカップを受け取る。あの子はが入ったボトルを受け取る。


あの子の顔の半分に張り付いたアザが私にもあればいいのに、と思いかけ、私は軽く首を振る。

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