第7話

胸がチクチクと痛む。

目がチカチカと眩む。

苦しいのではなく嬉しいのだ。

頭の中は鮮明で、それでいて心は弾んでいる。

私の中は深い水で満たされている。



巨鯨ジゥゲイを殺して」

私の中で声が聴こえる。それは本能と言い換えることもできる声だ。

抗えず、無視できず、切実に私に迫る声。

ツァオロンには聴こえてる?纏わりつく、どうしようもない衝動。生きていくのに避けがたい衝動。


「エース、調子はどうですか?」

斎藤サイトーがホァレイに愛想よく伺いを立てる。一介の整備士がただのホァレイに気を使っているのが笑える。少しかわいい気もする。

「お腹の調子はいいね」

ホァレイは率直な感想を告げる。

「それは大変、良かったです。あ、これ、新作をどうぞ」

そう言ってサイトーさんが私に手渡してくるのは新しい色の栄養補給パックに入った食品で、もちろん、私はすでにそれを味わっていた。

「ありがと、サイトーさん」

パックを受け取って私はその場でそれを味わう。サイトーさんは私の態度に嬉しそうな顔をする。

で、ジゥゲイが来る。


艦内にBEEP音が鳴り響き、私は私のツァオロンに乗る。お腹の調子も心の調子も万全で、頭の中はとてもクリアだ。私の手足はよく動く。


「ホァレイ、心の準備はいいですか。パイロット制御内環境は発進シークエンスの待機を完了しています」

「準備は万端だよ、ママ。いつでもいける」

「それでは5秒後にシークエンスを起動します。5、4、3──」

お腹の中がかき混ぜられるような浮遊感と圧迫感を同時に感じつつ、私の脳内物質は大量に分泌を開始する。あはは、殺してやる!!


目の前に迫るジゥゲイは大きな口をあけてマザーと私たちを見つめていた。私もわかるよ。乾いて乾いてお腹がすいているんだよね。でも、私はジゥゲイと共感してるわけじゃない。考えていることも気持ちもわかるけれど、ジゥゲイはただ人類のすべてを食べたいだけで、私はジゥゲイじゃない。


私は巨鯨ジゥゲイの体を跳龍ツァオロンのパイルバンカーで抉る。

私と跳龍を飲み込もうと突進してくるのをギリギリで避けて、背びれを引きちぎる。

聴こえるわけではないけれど、痛みに悲鳴を上げているのかもしれない。

巨鯨は大きな口をますます大きくあけて、黒くつぶらな瞳は輪郭を曖昧にするようにうるみ始める。

あぁ、ごめんなさい。私はそう思いながらもう1発、さらにもう1発とパイルバンカーを撃ち込み続ける。途中で巨鯨ジゥゲイの尾の叩きつけを避けた際に、巨鯨の牙がかすって、私のツァオロンの一部は吹き飛んでいく。でも、私は無事だ。


最後に巨鯨の露わになった心臓にパイルバンカーの一撃を加え、巨鯨は動きを止める。私とツァオロンは艦に帰る。


「お疲れ様です、エース」

パイロット制御内環境から出てきた私に、サイトーさんが私の知らない色の栄養補給パックを差し出す。

「どうしたの、それ。私の見たことない色なんだけど」

「ええ、実はこれ──」

答えを聞く前に、サイトーさんの手から新色パックが落ちる。


「ホァレイ!その顔……、至急医務室に!おい、誰か医療技官に連絡とれ!」

私の顔に何か起きたのか、私には分からなかった。私は私の顔に手をそっと這わせてみるけれど、戦闘の前と後で何か違いがあるようには思えなかった。


「サイトーさん、何をそんなに慌てているのよ」

顔を青くしたサイトーさんは私の顔を見つめる。

「ホァレイ、顔に痣が……。痛みはないのか?」

痣?

「何も、どこも、痛いところはないよ。むしろ調子がいい感じ」

私はサイトーの慌てぶりに胸をときめかせる。

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