第4話

この世に一つとして同じモノはない。そう断言できるのは、私が普段から同一性ばかりを判じているからなのだろう。



大量生産をしていた時代があるらしい。そう呟いてはみたが、彼の眼を本から上げさせることはできない。それも当然だ。この情報は彼にとって当然、既知であるから。

「彼女のあざは、まぁ、容姿として他から一目瞭然ではあっても、戦場においてはそうではないね」

いったいどのような本が、私との雑談より価値あるものと言えるだろうか、そんな風な口をいっそ利きたいけれど、そんなことをしても、より彼を頑なにするだけで進展は何もないに違いない。忌々いまいましい。

「なんて本を読んでいるの?」

「光に関する本を」

「へえ」

興味がないのに、どうして質問などしてしまったのか。自己嫌悪で胸が張り裂けそうだ。

「君がさっき言っていたけれど」

読書と雑談に関する30分の攻防など無かったとでもいう風に、いとも簡単に彼は私に話し始める。いつものように。

「彼女は特別だ。戦場においては一際輝いている。私の大切な戦士だ」

「彼女って誰?もしかして婉曲的えんきょくてきに私を指して褒めてくれているのかしら。私、まだ、戦場に出たことは無かった気もするけど」

彼は何を言っているのだ、という風に眉を機械的に寄せて上げて、

「もちろん、彼女とは、ホァレイのことだ」

例の、あの。と言い添える。

ジェイムズはバカだ。私はストレスを感じて、自分の右手の親指を強く人差し指にこすり付けている。

彼は本から目を上げて、私に顔を向けた。

「彼女は自分の痣のことを気にしているのだろうか」

そんなことを私に聞くのはやめてほしいと超拒絶的に思ったけれど、

「そういった話は聞かないわね」

と、素知らぬ顔で返事をする。別にこれは嘘でも適当でもなく、本当に本人はこちらに何も言ってきてはいないので、彼女が、自分の顔に大きく張り付いた痣について何も感じていないという可能性は十分にある。実際的なところ、痣どころか、身体のどこに何が増えたり、反対に減ったとしても、1日あれば新品同然に治すことは可能なのだし、彼女達もそれを理解しているはずだ。痣について何も言ってこないということは、つまりもうそれは身体の一部だと受けいれているとかそういうことなのだろう。

「過保護にしすぎじゃない?大体、痣があろうがなかろうが、彼女もホァレイの一人に過ぎないでしょ?」

「それは、そうかもしれないが」

しかし、そうではないかもしれない、とジェイムズは言いたげに口を濁した。思っていることは言えばいいのに、と私はもどかしく感じる。

「この時代の価値観は私もちゃんと弁えているから。生き残るために最善を尽くすことこそ、そういうことよね」

「彼女がキーかもしれない。いつだって・・・」

「いつだって、きっかけは些細ささいなことだった」

ジェイムズの言葉を引き取ってそう続けて言って見るけれど、私自身、この言葉の意味をどこまで踏み込んで理解できているのか不明だ。でも、分からないなりに信じたいことだってある。誰にでも、私にも。もちろん、目の前にいる頑固で頭でっかちなロリコン馬鹿にも。

「それにしても、わざわざベースを出て、しかも生身で出張ってくる意味ないわよね」

「出発前にも、私一人で大丈夫だと伝えたはずだが」

私の嫌味に当然気づかないで、またジェイムズは機械的に眉を寄せて上げて、その上首まで傾げた。何が疑問だ?どこに不満が?

「有人航路じゃ燃料の無駄でしょ?」

「予算は降りている。研究の一環として」

「成果を得られるといいけどね」

「そうだな」

沈黙が降りる。

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