第3話

仕方ねぇだろ。戦争なんだから。



「サイトーサン、これも洗っといて。明日までに!」

ユラユラと俺の横をすり抜けながら、俺の後頭部に赤いレースの下着と肌色のブラを置いていく女に、俺は元気よく返事をする。

「サー!了解であります!サー!」

仕方ない。これも仕事だ。


「ねぇ、前の方が美味しかったよね?」

「ええ、美味しかったと思います」

可愛い顔を大げさにしかめて、プレートの上の紫色と虹色と黒色のペーストをフォークでつつくうちのエースの愚痴に、斎藤は間髪入れずに同意する。

実際、不味い。ただ、斎藤の私感では、昨日と今日のペーストの味に大きな違いがあるわけではなく、ほとんどの時間を白黒の世界で過ごしている俺たちの目玉に間違った味覚情報を送ってくる色合いのせいでは、と思う。口には出さないが。


斎藤の仕事は、おべっかを使うことでも、ペーストについて私見を述べることでもなければ、女の下着を次の日までに綺麗に洗濯することでもない。斎藤の仕事は、船の船頭だ。ただし、今は船が動かないので、雑用を主にこなす以外にやることもなく、そのついでに女の下着もほとんど毎日洗ってはいるが、別に仕事ではない。やりたくなくても、やれることはやらなければならないと理解しているだけだ。


「そういえば、あと何日ってマザーは言ってるんだっけ」

エースがいつものように運動場でランニングを始めたらしく、いつもの質問が斎藤に投げ掛けられる。

「朝の時点では3日後という計算結果でした」

食糧と燃料と空気の残量の定期確認をしながら、俺は間髪入れずに質問に答える。なるべく簡潔かつ明瞭に。

「そっかー。もうちょっとなんだね〜」

「ええ、もうちょっとですね」

食糧が、明日の分までという計算結果を確認して、俺はまた元気に返事をする。

「みんな、どうしてるのかな」

これはただのつぶやきなので、返事をしない。沈黙が正解だ。



「ねぇサイトーサンお腹すいたんだけど」

「すみません、これが最後です」

俺の手から最後のデロデロパックをひったくると、一瞬のうちにパックの中身は空になる。

「不味い」

「すみません」

斎藤も、エースもフラフラだったが、あと2時間後には助けが来るはずというマザーの計算を踏まえ、それまでは俺よりエースをまだマシな栄養失調状態にしておいた方が正解だと、斎藤も二日間で考えた末での結論だった。女の下着を洗うだけで済んだ日常が懐かしい。

「サイトーサン何か気の紛れるような面白いこと言ってよ」

フラフラの脳に無茶な要求だった。

「私の故郷では、このような格言があります。一難去ってまた一難。七転び八起き、災難は、畳み掛けるようにやってくる」

「それの何が面白いわけ?」

「すみません」


険悪な空気になったところで、ビープ音が辺りに鳴り響く。

マジかよ。

「マザーはあと何分で助けが来るって?」

俺は即座に端末を操作して確認する。

「・・・約128分後です」

「わかった」


幸いにしてツァオロンはほとんど万全の状態だ。完全にエースの思い通りに動くのは、この流浪の旅が始まった最初の段階で既に確認済みだった。


コックピットの中のエースから通信が入った。

「ジゥゲイって食えるかな」

「食えません」

俺は間髪入れずに答える。簡潔かつ明瞭に。

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