到来

「やったぞ。ついに我々は辿り着いたんだ。」

 窓の外に浮かぶ地球の姿を見て、宇宙船の中では歓喜の声が上がった。

「見たまえ、あの大地を包み込むような深々とした緑と、それを取り囲む青い海。まるで巨大な宝石のようではないか。」

「はい。長い旅路でしたが、あれらを持ち帰ることができれば、我々の星も生まれ変わるでしょう。」

 感動のあまり、涙ながらに会話している彼らは、遠くの惑星からやって来たゲム星人である。

「元々は、ゲム星もあのような姿だったのでしょうか。」

「おそらくは、そうなのだろう。だが今では地表のほとんどが建造物で覆われてしまっていて、見る影もない。」

「仕方がないことですよ。だからこそ我々の文明は進歩し、ここまで来ることができたのですから。それはこの星の国々を観察してみれば一目瞭然です。どうやら我々とは科学技術にかなりの差があるようですね。」

 そう言って、隊員はどこの都市に降り立つべきかを思案する。

 ゲム星人達がここまでやって来た目的は、植物の種を見つけることだった。ゲム星では数千年も前に、社会の発展の犠牲として全ての植物が絶滅してしまっていたのだ。だから惑星間を自由に航海できるこの宇宙船を作れるようになった今、かつての姿を取り戻そうと、他の星々を巡っていたのである。

「うーむ。電波を傍聴した結果、西と東にある2つの大きな大陸では新型のウィルスが流行っているらしく、こちらの対応どころではなさそうだな。」

「ならば、その間にあるこの国はどうでしょう。小さな島国のようですが、自然も豊かで人口もそれなりにいるようですね。」

「ではそこに降り立つとしよう。だがその前に、こちらが友好的であることをアピールしておかねばならんな。」

 ゲム星人の宇宙船は、しばらく地球の周りを漂い、何度か目的地の国と交信をした。幸いにも地球人とゲム星人の身体的特徴は似通っており、互いの警戒が薄れるのに時間がかかることはなかった。


 かくして、しかるべき準備を済また後、ついにゲム星人達は草木の生える地表に降り立った。打ち合わせの通り、すぐさま島国の代表者がやって来て、ゲム星人達を急造で建築した木造の大使館に案内する。そして彼らの要望通り、野菜をふんだんに使った料理でもてなした。

「本当にこんな料理で良かったのでしょうか。あなた方の文明には到底及ばないでしょうが、もっと高級な品をお出しすることもできたのですが。」

「いやいや素晴らしですよ。ゲム星でこれを食べるためならどんな富豪でも大金を払うでしょう。」

 和やかに会食が進む中、ゲム星人達はあることに気が付いて質問した。

「その口に着けている布はなんですか?」

「ああ、これはマスクと言って菌やウィルスから感染を予防するために着けているのです。本来、食事中に着けることはないのですが、万が一にもあなた様方が病気になっては困りますから。」

「なるほど外気から身を守るための装飾品ですか。」

「そういえば、ゲム星の皆様は宇宙服を着ていませんね。防護服のようなものがなくても大丈夫なのでしょうか。」

「心配には及びません。この星の空気はゲム星よりもよっぽど澄み渡っています。それにあらかじめこれを摂取してきました。」

 そう言ってゲム星人は、一粒の錠剤を取り出した。

「これを飲めば、どんなウィルスもたちどころにやっつけてしまうのです。といっても、我々の星ではもうほとんど使われることはないのですが。」

「それは凄い。身体に害はないのでしょうか。」

「この薬は抗体のようなものではなく、人体に本来備わっている免疫力を高める効果があるのです。だから副作用の心配はいりません。しかし似ているといっても地球人と我々で色々と違う部分もあるでしょうから、あなた方に合うように調合してお渡ししましょうか。」

 それは現在の地球人にとって魅力的な提案だった。しかしこれが罠で、人類を滅ぼしてしまうための細菌兵器である可能性も否定できない。

 すぐさま首脳間のホットラインが繋げれら、国際会議が行われた。だが結局のところ、科学技術はあちらの方が上なのだから、考えても仕方がないとの結論の下、世界中にその薬は配られることになった。

 

 実際のところ、その効果はてきめんだった。たちどころにパンデミックは収まり、首脳たちも胸をなで下ろす。やがて混乱が収まった東の大国から、正式に世界の代表が派遣されて、ゲム星人達に感謝を述べた。

「あなた方はまさにこの星の救世主だ。降り立った場所に記念碑を建てることにします。」

「お礼を言わなければならないのは、こちらの方です。勝手にやって来た我々に親切にしてくださり。目的の品も手に入れることができた。」

 宇宙船には、様々な植物の種や苗木が積み込まれていく。結果的に、ゲム星からは新薬が、そのお礼として地球からは植物が交換される形になり、お互いに、初の他文明との接触は友好的に終わった。


 帰りの宇宙船の中でも、ゲム星人達は興奮が冷めやらない様子で話していた。

「時間はかかるが、これでゲム星にも待ち望んだ緑が復活するだろう。」

「本当に地球で見た景色は綺麗でした。でもどうして我々の祖先達は、地表から植物を取り去ってしまったのでしょうか。」

「なんらかの理由があったのだろう。当時はまだ発展途上だった。戦争の結果かもしれないし、環境汚染ためかもしれない。聞いた話だとあの地球という惑星でも現在、とてつもない勢いで森林が消えているらしい。」

「それならば、いつか地球から我々の星にこの苗木を取りに来るかもしれませんね。」

 隊員の方はそう言って、船内に飾ることにした苗木に近づいた。それはあの島国原産の木で、招待された建物の建築資材にもなっていたらしい。 

「どちらにせよまだまだ先の話だ。まずはこれらを持ち帰るために、船のメンテナンスを行おう。」

「了解しました船長。ですがなんだが私気分があまり優れなくて。は、は、」 

ハックション!と隊員は大きなくしゃみをした。

「どうした。地球でやっかいなウィルスでも貰って来たのか。ちゃんとあの薬を飲んで休むといい。」

隊員は鼻をかみながら言った。

「いえ薬は飲んでいるのですが、なんだか鼻がムズムズして目の痒みが収まらないんです。」

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