透明性のある社会

 外出する際には、厚手のコートとシルクの手袋の着用、顔にはマスクとサングラスをかけて、深々と帽子を被ることが義務付けられている。そして最後に首元についた銀の首輪を隠すようにマフラーを何重にも巻き付けて家を出る。

 まるで不審者みたいな格好だと自分でも思うが、世間から見れば不審者に違いないのだから仕方がない。

 すれ違う人々は誰も彼もが私を避けて通る。コンビニの店員は私の姿を確認すると、コイントレー上で会計を済ますように指で合図をしてきた。まるで誤って私に触れてしまえば、何かの病気に感染してしまうかもしれないと思っているかのようだった。


 そもそも、こんな現状になったのは全て前の世代の奴らが悪いのだ。

 とある研究の副産物として産まれた一人の透明人間は、己の欲望のままに生きた。社会のルールに縛られることのない彼は、ありとあらゆる犯罪に手を染めた。難攻不落の金庫を破らずとも、金なんていくらでも手に入ったわけだし、そもそも何でも盗み放題なのだからそんなもの必要なかった。道行くサラリーマンを理由もなく殺すことも、とある国のトップを暗殺することも彼にとっては同じように簡単なことだった。

 初代透明人間は10年近く暴れ続けたが、ある日からぱったりと姿を現さなくなった。不慮の事故に巻き込まれたのか、病気で死んだのか、透明化の副作用による寿命だったのか、誰も彼を見た者などいないのだから原因は分かるはずもない。


 だが恨むべきことに、その様々な犯罪の中には性的な類の物も数多くあったわけだ。酷い場合は被害者は自身が被害を受けたことにすら気が付かなかった。自分の身体の中から姿の見えない泣き声を聞くまでは。

 次々と生まれてくる、透明人間を前にしても政府の対応は遅れた。応急処置として彼らの親に、目立つような厚着をさせ監視することを義務付けたが、やがて成長した何人かの透明人間は脱走し、さらに被害を増やした。

 

 そして私はそんな透明人間達の子孫である。私の代になってやっと社会は透明人間の扱い方に慣れてきたようだった。そのおかげで私は、他の子どもたちと同じように学校に通って教育を受けることができた。だが無邪気な子供達の中、この姿でいじめられない方が難しい話だった。


 ある日の放課後、私はいじめっ子達に囲まれて、着ていた衣服を全て脱がされた。いじめっ子達は本当に透明だとはしゃいでいた。

 母親から、人前では服を絶対脱いではいけないと厳しく言われていた私は、奪われたものを取り返そうと必死になって彼らの内の一人に手を出した。私に殴られたそいつは、自分が何をされたのかも分からなかったようで、勢いよく地面に倒れた。

 泣き叫ぶ彼を見て、私の口角は自然と釣り上がっていた。私はいつの間にか彼らを傷つけることに夢中になり、騒ぎが大きくなるまで殴り続けていた。


 学校に呼び出された母は、返り血と泥まみれになった姿の私を見て叱ることはなかった。ただ虚ろな目をして誰もいないはずの場所に向かって、いじめっ子達と同じように、ごめんなさい、もう許してと泣き詫びていた。

 やはり私には先代達と同じ血が流れているのかもしれない。だがそれを確認しようにも、鏡にはどんな姿も映ることはなく、自分に流れている血の色さえも透明で見ることが出来ない。

 

 銀の首輪が開発されたのは、ちょうどその事件の後だった。この首輪をつけることで、着用者の位置情報や精神状態、そして何を考えているのかという思考さえも読み取られてしまう。

 その情報は一般に広く公開され、危険な思想を持つ者がいれば通報して良いことになっている。目の前にいる透明人間が果たしてまとな奴なのかどうか簡単に調べることができるのだ。

 つまり私の考えは常に筒抜けで丸裸にされてしまっている。だがそうして初めて透明人間は、この社会の中で居場所を得ることが出来る。

 それでも出会ったことのある自分以外の透明人間は皆、反社会的な企みをしていると告発され処分されてしまった。私もいずれ消えてしまうのだろうか。いやもしかすると彼らは首輪を外して、この世界から逃げ出すことに成功したのかもしれない。


 そしてきっとこの瞬間にも、私の思考は誰かによって監視されているのだろう。社会にとっての異物が何かしでかさないか、興味の眼差しを向けられて。

 だが私にとっては、何を考えているか分からない周りの人間が、姿も見えない監視者たちの方がよっぽど恐ろしいのだ。その心の中に一体何を隠しているのだろうと。

 あなたは何を考えて、あなたの目には私がどう映っていますか。

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