多弁症物語

 その男が多弁症を自覚したのは、大学試験の際中、隣に座っていた学生にいきなり話かけてしまったのがきっかけだった。

 男は別室に移されたが、そこでも試験官に向かって話題が止まらない。今日までどれだけ頑張ったか、合格したら何をしたいのか、将来は何をやりたいのか。

 話している内容が内容なので試験官もある程度聞き流してあげていたが、あまりにも喋るものだから試験は中止。男は失格になった。

 そういえば、と男は一人揺られる帰りの電車の中で昔のことを思い出す。小学校の時も初めて席に座った時、真っ先に隣の奴に話しかけたな。よく喋り、話も面白い俺はクラスの人気者だった。だが中学、高校と進むにつれてそんな自分が恥ずかしく感じて、話しかけたいという欲望を抑えながら生きてきた。そのツケがこんなタイミングで現れるなんて。

 気が付くと、男は電車から降りてそんな身の上話をホームに座っていた見ず知らずの老人に話しかけていた。彼はその話を楽しそうに聞き、男が十分に話終わるのを待ってから口を開いた。

「君、テレビ出ない?」

 

 男はテレビのレポーターとして一躍有名になった。男の特徴は、とにかく喋ること。余りにも喋りすぎて、CM中もしゃべり続けてしまうほどだったから、一人でどんな尺でも繋ぐことができる稀有な人材であると重宝された。

 やがて男は旅番組を任されることになる。海外を旅するその番組は、その地域の人とのコミュニュケーションを見所にしていた。男は外国語はさっぱりだったが、話したいという欲求が強すぎて、どんな言語でもすぐに覚えてしまう。そんな男の姿を撮った番組は世界的に大うけ。男の人生は順調そうに見えた。

 しかし、番組3周年を記念する生放送で男はつい口を滑らしてしまう。

「この番組実はやらせなんです。」

 その一言を喋ってしまったらもう止まらない。テレビ業界の裏側をどんどん暴露してしまう。慌ててCMを入れようにも、この日のスペシャル生放送は男の魅力を最大限に引き出すため、CMを入れない全編ノーカットを目玉にしていたのだから、さあ大変。その日の視聴率は60%を記録した。

 当然のことながら、男はテレビ業界から干されてしまう。視聴者からの反発もあったが、彼らも男があまりにも喋るものだから多少ウンザリしてきたところだった。やがて、男は世間から忘れ去られてしまう。

 だがそんな世間も当然、男が自分の会社に就職面接に来たら嫌でもあの暴露事件を思い出す。彼を自分の会社で働かせたら、どんなことを喋られるかわかったもんじゃない。

 男は逃げるようにして日本から出たが、その噂はすでに世界中で知れ渡っており彼の居場所はどこにもなかった。

 男は海外をさまよう内に、やがて辺境の地にある村に辿り着いた。そこは一度旅番組の「前人未到の世界の秘境スペシャル」で訪れたことのある場所だった。

 その時に仲良くなった村長に、これまでいきさつを話すと彼は男を快く村に迎えてくれた。


「それがこの村に来たわけなんじゃよ。」

 男は死の間際、大勢の子供に囲まれて昔話をしていた。

「えー嘘だあ。」

 子供達は口を揃えて言う。皆いろんな話をしてくれる男が大好きだったが、空飛ぶ乗り物や、夜でも明るい世界など嘘っぱちの話だと思っていたのだ。

「例え嘘と思われても、わしゃあ満足だよ。」

 思えば男は自分に嘘がつけなかったのだろう。もっと上手くやっておけば別の道もあったはず。でもいいじゃないか、最期まで私の話を聞いてくれる者達に囲まれて私は旅立っていく。さあ、死後の世界で先に逝った村長にたっぷりと土産話をしてやろうじゃないか。

 男は天に召されたが、男の話は成長した子供達によって語り継がれ、やがて村の伝承となった。何十年、何百年経っても村の子供達はその物語を聞いて育っていく。

 これ以上に話好きな男にとって冥利に尽きることがあるだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る