舞台装置の反逆

 月が綺麗だ。私は高層マンションの自室に帰るため車を走らせていた。

 ショートショートを本格的に書き始めて大体2カ月になるが、私自身が自分の作品に登場するのは今回が初めての試みだ。だからこそ注意しないといけない事が2つある。

 1つ目は、私は意味のない文章を書くことが苦手である。あらゆる言葉は意味を持たねばならず、例えば『月が綺麗』ならば地球の表面はゴミまみれでなくてはならない。

 問題は2つ目だ。私の作風はブラックユーモアなオチを目指しているためか、登場人物の死亡率が非常に高い。およそ60作品の内、全体の3割の作品で死者またはそれに類するものが出ている。

 『車』というワードが出てきた時点で交通事故に遭う運命になるのは間違いない。だから私は、このガタガタとして走りにくい道を慎重に運転して帰ることにする。

  

 さて無事に家に帰ることができた。作品の執筆途中の息抜きに、自宅のベランダから地上を走る車を眺めていると、ガタっという音ともに手すりが壊れてしまう。私は暗闇の中に身を投げ出された。

 『高い建物』が出てきた時点で、そこから落ちるのは当然の帰結である。だから私は冷静になって、落下から4行ほどの地点で壁を蹴り空中をフワフワと浮遊する。

 ここは地球よりも重力が少ない月の上なのだ。最近になって、廃棄物で汚染されてしまった地球から人類は月に移住してきた。

 

 近くで車のエンジン音が聞こえた。ふと空を見上げると滑空してくる車が私の予想の斜め上から突っ込んでくるようだ。どうやら整備不良のクレーターにでも乗り上げたらしい。

 

 勿論この物語の作者である私は、この車の軌道を曲げることなんて容易い。

 だが自分の作風と信念を歪めてまで、この作品を続ける意味もない。

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