幸せの壺
喫茶店の奥の席で男女が向かい合って話していた。
「この壺は著名な芸能人の方が持っていたもので、買えば幸せになれるんですよ。」
女の方がずっと喋り続けているようだった。
男は優柔不断な性格だった。こうしてコーヒーを飲みながら目の前に置かれた「幸せの壺」を見ているのも、ついさっき女性に声をかけられ、そのままここに連れてこられて長々と壺の話を聞いているのもそのせいだった。
「効果が内容なら返金しますし、この価格でお売りできるのは今だけなんです。」
帰宅した男の荷物には壺があった。信じやすい性格でもあったのだ。しかし、待ってみても幸せになれる兆しは見えなかった。返金しようにも渡された連絡先には電話が通じない。
ある日、会社の営業でいつもとは違う道を通っているときに他の男性に声をかけている壺売りの女を見つけた。
「あの、すみません。」
彼女は驚いているようだったが、すぐに表情をやわらげる。
「ああ、幸せの壺を買われた方ですね。」
男性が壺の効力がないことを説明し返金を求めると、女は少し考えて言った。
「実はあの壺は中に幸運が詰まっていて、それを割って取り出せば幸せになれるんですよ。」
男性は帰って壺を見る。信じやすい性格なのだ。
「まさか割ると幸せになる壺だとは思ってなかった。とはいうものの今は生活に困っているわけではないからなあ。」
結構な値段したのだ。割ってしまうのももったいなかったので彼は本当に困ったときに壺を割ることにした。
それから男の優柔不断な性格は治ったようだった。心のどこかで早く失敗して壺を割ってみたい気持ちがあった。なにせ割れば幸福になれるだ。リスクがあって誰もやりたがろうとしないプロジェクトに積極的に取り組み、難しい取引を次々と成功させていった。信じやすい性格は相変わらずだった。取引先は彼にならば安心して任せられると言い、上司や部下も彼を信頼してくれた。男はがむしゃらに仕事を受けていった。
やがて、自信に満ち溢れている彼に引かれたという女性と結婚し子供をもうける。そして大きな失敗もなく社長の地位まで上り詰め、順風満帆の人生を終える。
男は死ぬ間際に考える。結局、壺を割ることはなかった。もしかすると最初に説明されたとおり、あの壺は割らなくても幸せの壺だったのではないか。
男性の死後、壺は遺産整理として処分され、やがてどこかの誰かの手元に回って来る。
「この壺はとある有名な実業家の男性が持っていて・・・」
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