ボタンを押す仕事


 青年は漫画を描くために上京して都会に来た。今の時代インターネットが発達し、別に田舎に住んでいても好きなことはある程度できた。それでも青年は都会に来れば何かが変わると思っていた。しかしそんな甘い考えで通用するはずもなかった。

 テレビをつける。新しい首相になってから過去類を見ないほどの急進的な改革が行われ世間では良いニュースが多く流れるようになっていた。会社員の給料が増え、株価は上がり生活も豊かになっているようだった。とは言ってもあくまで世間の話。青年の地元で貯めてきた預金は寂しくなるばかり。とりあえず漫画以外の仕事を見つけなければならなかった。

  都会、好景気ということもあり仕事は沢山あった。だが元々の目的は漫画なのだ、できれば短い時間で簡単に儲けれる仕事がい良い。とは言ってもそんなものあるはずがなく・・・

「ありますよ。」

 青年の経歴を確認した職業紹介施設の職員はそう言った。


 次の日ビルの一室を尋ねる。部屋の中にはソファーにはサングラスをかけた男が座っていた。ソファーの前の机にはその上にはなにか箱のようなものが置いてある。天井には監視カメラとスピーカーが設置してあり、少々というよりかなり気味悪かった。青年をみて男から業務内容が説明される。

「アナウンスが鳴れば蓋を開けボタンを押す。それだけだ。」

 確認のために何回か聞き直したが本当にそれだけらしい。一応、規則として毎日9時に出社し17時まで部屋から出ないこと。その間はボタンを触る以外は何をやっても構わないがいつでもボタンを押せる状態でいること。給料は月末に手渡しで渡すこと。最後にこの仕事について他人に話さないことが加えて説明された。


 その日から青年の仕事が始まった。といっても最初の一日と次の日、青年は一日中ボタンの前で緊張していたがアナウンスは鳴らなかった。三日目に青年は初めて仕事をした。

 「ピー ピー ピー ボタンを押してください」

青年は蓋を開けボタンを押す。ピッという音がしてアナウンスが鳴りやみ作業が完了したことを伝える。それだけだった。


 アナウンスがなるのは三日~四日に一度ぐらいだった。一日に三回押すような日もあったがとても珍しかった。仕事の問題点としては、なんのためにボタンを押すのかが分からないことと、ほとんど休みがなくほぼ毎日出社しなくてはならないということぐらいだった。部屋から出てはいけないと言っても、なんでも持ち込むことができたし、水道やトイレ、インターネットも部屋に完備してあった。それに月末に尋ねてきたサングラスからの手渡された給料は青年にとって十分なものだった。


 やがて青年は画材を仕事部屋に持っていき、漫画を描きはじめる。こういう時にインターネットは便利だ。彼は本当に都会に来なくても良かったんじゃないかと思ってしまう。この部屋は都会の騒音も遮ってくれる。監視カメラも最初は気になっていたが、ここで漫画の作業し始めてからはむしろ緊張感を生み出してくれた。やがて青年は目の前のボタンについて考えを巡らせる。あのボタンはいったいなんなのだろうと。

 いくらか経った月末、いつものようにサングラスが給料を渡しに来た。その際、彼は机の上の漫画に興味を持って読ませてくれと言った。青年は少し恥ずかしかったが、喜んでいた。彼は自分の最初の読者なのだ。


 三日後、突然サングラスがまたやってきた。言われるとおりに車に乗って、郊外にある施設の一室に案内された。

 青年は期待していた。もしかするとサングラスが自分の漫画を気に入り、どこかの編集者に口添えしてくれたのではないかと。


 扉を開けると部屋の奥には絞首台が見えた。それと同時に部屋の中にいた複数の男たちに囲まれ手足を縛られ、目隠しがされる。

「どういうことだ。俺は命令通りの作業をしていただけだぞ。」

「漫画の内容に、あのボタンが出ていた。仕事の機密漏えいは立派な契約違反だ。」

「別にあのボタンについて書いてるわけじゃない誤解だ。」

「どのみち漫画という低俗なものは今度の国会で規制される予定だった。この国の成長にこのようなものは必要ないしお前も必要ない。」

 青年はあばれたが、無理やり引きずられ首に縄がかけられる。青年は目隠しされていてもこれから何が行われるか分かった。どこかの一室で合図が鳴れば蓋を開けボタンが押される。それだけだ。

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