第7話 学校へ行こう

 (最近なんか変なんだよな)

 清正きよまさは登校しながら憂鬱ゆううつな気分だった。


 数日前変な夢を見て以来、さわさわした「妙な感覚」がいつも付きまとうのだ。

 一か月前事故があったという交差点に「黒っぽい影」が見えたり、登校中も不思議なささやきみたいなものが聞こえたりするのだ。


 なにより、それまでは何とも感じなかったクラスメートたちの何人かから「ものすごい違和感」を感じるのだ。悪意があるとか、恐ろしい感じはしないのだが、「何か違う」のだ。

 クラスメートのほぼ1/4くらいから「妙な感覚」を感じるものだから、清正の態度が変わり、

 明らかに不審ふしんがられている。


 (いつもの調子に戻してわだかまりを解かないと)

 憂鬱ゆううつな気分でホームルームが始まるのを待っていると、担任の錦織がいつも以上に上機嫌で教室に入ってきた。


 「みんな元気そうやな!先生は嬉しいで!」

 物理の教師で「雪組」の担任でもある錦織光一はハンサムであり、わかりやすい授業をすることで生徒たちに非常に人気があった。

 いつも明るくテンションが高いのだが、今日はいつも以上にニコニコしているように見えた。

 「今日はみんなに素敵なお知らせや!美少女二人がこのクラスに編入やで♪」

 クラスがどっとどよめいた。

 普通ならもちろん、男子が大いに盛り上がるところだが、「おちゃめすぎる」錦織のことなので、どんな仕掛けがしてあるか分かったものではない。

 それでも、全員興味津々きょうみしんしんではあった。


 「さあ、遠慮せんと、入った入った。」

 ニコニコする錦織の手引きで「二人の美少女」が教室に入ると、その取り合わせに教室中が大きくどよめいた。


 一人は小柄で人形のように長い黒髪の美少女で、ほんわかしたかわいらしい雰囲気につつまれていた。高校二年生にしてはかなり幼い感じで、緊張してかなりもじもじしていた。

 もう一人は清正も見たことがあるセミロングの銀髪のハーフの美少女だった。

 百七十センチある清正とほぼ同じくらいの長身で、意志の強そうなまなざしが印象的である。


 「では、紹介していくな。

 こちらが『神那岐千早かんなぎちはや』はん、そして、こちらが『石川瀬利亜いしかわせりあ』はんや。

 神那岐はんは「飛び級」でこのクラスに編入されたから、みんなより三つ下の十四歳や。

 みんなちゃんと可愛がってあげてな。

 そして、石川はんは『学校の事情』で、この学校の「花組」から編入や。

顔を知ってる人も何人かおるよね」


 (いやいや、錦織先生、石川さんはこの学校では超有名人だろ!)


 私立風流院ふうりゅういん高校は「個性を生かした生徒育成」をモットーにした高校で、偏差値的には中の上くらいだが、「自由な校風」と「落ちこぼれが皆無に近い」行き届いたシステムで受験生の人気が高い学校である。

 受験枠と推薦枠が半々だが、推薦枠の生徒たちに「特に個性的」な生徒が多いらしいというもっぱらの噂なのだそうだ。


 そして、個性的な生徒が多いこの学校でも瀬利亜はひときわ人目を引いた。

 銀髪のハーフという目立つ容貌もさることながら、「大人びた男前な言動」をし、「詳細は明かせない芸能系の?仕事でしばしば学校を休む」など、謎の多いことなどから入学直後くらいからかなりの有名人になっていた。

 そして、今年のバレンタインデーには全校生徒二〇〇〇人のこの学校で『チョコレートを二〇〇個もらう』という記録を達成して以来、学校で瀬利亜のことを知らぬものはいなくなっていた。


 「先生、どうして石川さんはこちらのクラスに編入されたのですか?」

 おやっと、清正は思った。

 普段はおとなしい綾小路遥あやのこうじはるかがめずらしくこういう場で声を上げたのだ。

 「わても詳しいことはわからへんねんけど、『神託しんたく』が降りたからという話やで。

 もちろん、石川さんの素行に問題があったわけでは全然ないねんから気にせんといてや」

 錦織の軽口にクラスはドッと湧いた。


 (これはどういうことだ?!)

 多くの生徒は錦織の冗談に笑い転げているが、何人かの生徒、綾小路遥を含む「清正が違和感を感じる生徒達」は笑うというより「何かを納得している」感じなのだ。

 そして、編入してきた二人の生徒には一際大きな違和感を感じるのだ。



 (なるほど、「ターゲット」はうすうす何かを感じ始めたくらいね。

 そして……まじっすか!?「任務で助けたたち」がなんでこのクラスに五人もいるわけ!?何かの嫌がらせですか?!)

瀬 利亜は教室に入って表面上はニコニコしながら内心頭を抱えていた。



 「それでは、石川はんと神那岐はんはそちらの空いた席に座っていただこうかな」

 その声にふっと我に返った清正は愕然がくぜんとした。

 自分の右隣とその後ろの席は確か昨日までは両方とも男子生徒が座っていたはずなのだ。

 冷静に見回すと全体に微妙に席の配置が変わっているのだが、「なぜか」今朝はみんなそのことに気づいた様子が見られなかった。

 (おかしい、数日前から俺の日常がとんでもなくおかしくなってる…。)



 「ねえねえ石川さん!!」

 ホームルームが終わると、瀬利亜と千早の周りにクラスメート(主に女子)が一斉に詰めかけた。

 そのあまりに勢いに気圧されて、千早は思わず瀬利亜の背中に隠れてしまった。

 「ほら、ちーちゃん、落ち着いて。」

 瀬利亜が優しく千早を抱えて、前に出す。


 「石川さんと、神那岐さんはお知り合いなんですか?」

 遥が不思議そうに眼を見張る。

 「ええ、この子のご両親に頼まれて、家で下宿してもらってるの」

 瀬利亜の満面に笑顔での言葉に何人か(すべて女子)の「ええっ!いいなあ」「うらやましい」の声が上がった。


 「と・こ・ろ・で、『綾小路さん』『香川さん』『児島さん』『高梨さん』『三沢さん』。」

 見知った顔に一人一人目で合図を送りながら瀬利亜が言葉を継いだ。

 「先日ご一緒させていただいた『イベント』の件で報告したいことがあるの。

 アドレス交換してもらっていいかしら?」

 「イベント」に心当たりのありすぎる5人は喜んで、瀬利亜とメルアド交換をし、結局、瀬利亜と千早は全女子とアドレス交換をすることになった。



 「千早ちゃんは本当にかわいいわね♡」

 「私たちが守ってあげるからね♪」

 その日のお昼休みには二人とも、特に千早は女子たちのアイドルになっていた。


 「せっかく美少女二人が編入してきたというのに、二人ともうちの女子どもに独占されてしまうとは!なあ、安倍、おかしいよな?!」

 左隣の「腐れ縁」の橋本が弁当を早々にかき込んだ後、ぐちぐち言っている。

 「確かに美少女だけどさあ」

 女子に囲まれた二人をちらっと見やった後、清正は口を開いた。

 「石川は『宝塚系』だし、神那岐に至っては恋愛対象にしたら『ロリコン』だぞ。

 二人とも俺の守備範囲外だ…。」


 「これだから、男子は!」

 清正の声が耳に入った女子の1人は千早を背中にかばうように動くと、清正をちょっとにらんで、べろを出した。


 (二人ともすんなりクラスに溶け込んだよな…。俺が最初に感じた違和感はなんだったんだろう?ただの気のせいだろうか…。)

 清正は考えるのがめんどくさくなって、食べかけの弁当を再び口に運び出した。




 (つけられている…。)

 学校からの帰り道、清正は今までよりさらに違和感を強く感じるようになっていた。

 何度振り向いても「そいつら」は姿を見せない。

 しかし、ずっと、そいつらは清正を尾行しているのは間違いないのだ。


 家まであと一〇分くらいになった時、つい我慢できなくなった清正は振り返ると来た道を 猛然とダッシュした。


 「あら、安倍君、偶然ね♪」

 にっこりと笑う瀬利亜とかなり引きつり気味に笑う千早に清正は頭を抱えた。

 「いったいどういうつもりだ!!」


 「まあ、何を怒っているのかしら?」

 涼しい天使のような笑顔の瀬利亜に(こいつ一人だったら騙されたかもしれん)とひとりごちながら清正は口を開いた。


 「学校を出てからずっとつけてきていただろ?!なんのつもりだ?!」

 温厚な清正にしては珍しく怒っている。相手の意図が全く読めないのがさらにしゃくに障る。


 「…へえ、これは予想以上だわね…。」

 一瞬真剣な顔に変わると瀬利亜は少し考え込んだ。

 「おい、いったい何の…」


 不審を覚えた清正が瀬利亜に近づこうとしたその時、背後に「異様な気配」を感じて思わず振り返った先には「とんでもないモノ」が立っていた。


 (なんだ、こいつは!?)

 青を基調とした金属製?の鎧を着こんだ一八〇㎝前後のおそらく女性が1メートル近い大剣を両手で構えていた。鎧にも剣にも宝石らしきものがふんだんに埋め込まれ、非常に豪奢ごうしゃな雰囲気を醸し出していた。

 (ファンタジーゲームのコスプレイヤー?!しかし、それにしては…)

 コスプレイヤーにしては表情があまりにも真剣に清正をにらんでいた。

 それも「圧倒的な存在感」をかもし出しながら…。

 「…あ、あの」

 剣士?に気圧されながらもなんとか清正が口を開いた時、女性剣士は剣を振り上げると大声で叫んだ。

 「魔王!!覚悟!!」

 (なんだって!!!!!)

 驚愕のあまり清正は固まって動くことが出来なくなった。

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