第8話 魔王と勇者 その1

 清正が思わず目をつぶると同時に何者かに胴をつかまれて、思い切り引き倒された。

 同時にガキーーン、ガキーンと金属の撃ち合うような音が二三度響いた。


 「いきなり切りかかるとはどういうおつもりです!!」

 金属音と千早の怒号に思わず顔を上げた清正は仰天した。

 青い鎧の剣士の大剣に負けないくらい長い太刀を構えて千早が剣士をにらみ据えているのだ。近寄りがたいオーラを出し、学校での小動物のような雰囲気は完全に消え失せていた。


 「貴様こそ、自分が何をしているのかわかっているのか!!」

 長身の女剣士は千早を同じくらい強い視線で睨んでいた。


 「まさか、今日の今日いきなりビンゴになるとは思わなかったわね。しかも、これは『本命の一人』と言うべきかしら。」

 剣戟けんげきをかわすために清正を引き倒した瀬利亜は立ち上がると千早のそばに歩み寄った。


 「『勇者さま』、あなたはとんでもない勘違いをされているようですね?あなたはご自身が今何をなさっておられるかご存じないようです。」

 「なんだって!?お前は何を言っているんだ!」

 自信たっぷりに言い切る瀬利亜に女剣士は動揺した。


 「では、こちらをご覧になって下さい。」

 瀬利亜がタブレットを取り出して操作すると、空間に立体映像が浮かび、同時に話し声が聞こえてきた。




 「どうやら気が付いたようだな」

 「ここはいったいどこですか!?」

 暗い地下室で目を覚ました少女は自分がロープで縛られているのに気が付いた。

 そして、何人もの屈強そうな男たちが自分を遠巻きにして立っているのに気づいた。


 「あなたたちは一体?!私をどうしようというのです?!」

 高校の制服を着たまま拉致されてきた少女は男たちの自分を見る目に怯えていた。

 「俺たちはお前さんのお父上の経営する会社に酷い目に逢ってね。」

 「お父様が!?そんな、嘘です!!」

 「嘘なもんか、あんたの親父さんのあくどいやり方で泣いた人間は数知れず。俺たちも家族がバラバラになってしまった。

 で、お前さん自体には恨みはないんだが、親父さんの代わりに我々の恨みを晴らす対象になっていただこうというわけだ。」

 「そ、そんな…」

 父が犯した行いに対する悲しみと、これからの恐怖に少女の心は引き裂かれそうになった。


 「では、早速!」

 「早速何をしようというのかね?」

 背後から聞こえた声に男たちはビックリして振り返った。

 その男は身長は人並みだったが、鋼のような肉体にフィットする青と黄色のボディスーツ、

 口だけ見える銀色のマスクをかぶり、「引きちぎった」ドアの取っ手を握って立っていた。


 「貴様、いったいどうやってここに!!」

 何人かの男がナイフやこん棒を持って襲い掛かったが、全員男に触れる寸前に見えない壁に弾かれるように後方に吹っ飛んだ。


 「君たちの気持ちは分からなくはないが、無実の美少女を傷つけるのはいけないな。」

 男はちっちっちと右手の指を振った。


 「き、貴様!何者だ!!」

 「奇跡の超人・ミラクルファイター!! 悪あるところに即参上!!」




 「ちょっと待て!! この『動画』と今の状況に一体何の関係が?!」

 我に返った清正が思わず叫んだ。

 「そ、そうだ!お前は一体何が言いたいのだ!?」


 「あなたは魔王に対する憎悪のあまり、この男たち同様、なんの関係もない美少…じゃないわね…関係のない高校生を犠牲にしようとしていたのよ!」


 「だが、こいつは魔王!!」

 「いいえ、魔王ではなく、『魔王の息子』だわ。正確には『元魔王』の息子だけど。」


 明確に「美少年でない」と断言されて、少々がっくりきていた清正はその後の二人の会話に頭をぶんなぐられたくらいの衝撃を受けた。

 「石川!お前何を言って…」


 「こいつがお前の言う通り魔王本人でないとして、魔王の血を引いているこいつが何かをしたら、責任をとれるというのか!

 そして、そもそも魔王がどうなっているのかお前は知っているのか!?」

 剣士は瀬利亜を睨みつけた。


 「ええ、もちろん」

 瀬利亜はにっこりと笑うと懐から名刺を取り出し、同じく千早にも同じ行動を促した。


 「私はA級モンスターバスター・石川瀬利亜いしかわせりあ。そしてこの子がB級モンスターバスター神那岐千早かんなぎちはや。」

 「神那岐千早です。モンスターバスターの任務に就いたばかりですが、どうぞよろしくお願いします。」

 名刺を渡して千早はぺこりとかわいらしく頭を下げた。


 「ちょっと待て!任務に就いたばかりのその『モンスターバスター』がどうして『勇者の剣』とまともにやりあえるんだ!?」

 「千早は確かにモンスターバスターとしては初心者だけど、あなた同様「勇者」みたいなものだから、幼少時から訓練していてね。戦闘力だけならA級モンスターバスター上位並なの。

 しかし、さすがに『勇者の剣』だわ。『対魔神刀・神那岐の太刀』とまともに斬り合えるだなんて。」

 勇者を見ながら、感心している瀬利亜に我に返った清正が慌てて声を掛ける。

 「待ってくれ、親父が魔王だなんてそんな話俺は全然聞いてないぞ!」

 超天然でいつもぽやーっとしている母親ほどではないが、「どう見ても昼行燈」のフリーのカメラマンの父親がとても魔王だなんて思えない清正は何を信じていいのかわからなくなっていた。


 「そうね…その状態なら『本人から』話を聞くのが一番早そうね。」

 少し考えて瀬利亜は口を開いた。そして、勇者の方に向き直って言った。

 「あなたにもそうしてもらった方が早そうね。ええと、名前は?」


 「バネッサ・日下部・オブライエンだ。勇者バネッサだ。」

 むっつりした表情でバネッサが答えた。



 「どうしても、あの『勇者』は一緒でないといけなかったのか?」

 隣を歩く瀬利亜に清正は小声でささやいた。

 千早と瀬利亜と並ぶだけでも十分に目立つうえに、「フル装備済み」のバネッサも連れていたのではご近所の視線が痛くてたまらない。


 「仕方ないでしょ。説得が済めば、平穏な生活が戻ってくるはずだから。

 今から何度も命を狙われるよりはずっとましだと思わなきゃ。」

 そして、はっと気づいて清正の声が真剣になる。

 「もしかして、ここ最近感覚がすごく鋭敏になったのは…」

 「よく、わかりました。」

 瀬利亜がにっこりと笑った。

 「魔王の血が覚醒かくせいしたらしいという話をあなたのお父様から聞いたわ。

 それで、『トラブル防止』の為に私たちが派遣されたというわけ。」

 「学校ごとグルだったわけか…。ちょっと待て!クラスメイトの何人かもかなり変だったけど。」

 「そこまで気づいんだ。お察しの通り、この学校の半分の生徒・推薦で入ってくるほぼすべての生徒たちは超常的な力を発揮あるいは潜在的に持っているか、人外の存在なの。

 もちろん、全員人間性はまともだけどね。」

 瀬利亜の説明を聞いて清正は絶句した。


 「みんなが思っているより『超常の存在・人外の存在』はずっと多いのよ。

 うちの学校はそういう人たちが人と共存できるようにする訓練の場所も兼ねているの。

 だから、教員・職員の半分はモンスターバスターだし、何人かは私たちのように生徒とモンスターバスターを兼ねている子もいるわね。」


 瀬利亜と会話しているうちに家の前まで帰り着いた。


 おおらかすぎるくらいおおらかで、瀬利亜と千早くらいなら気にしなさそうな母親だが、『コスプレ勇者』を目の前にしたらどういう反応を示すかは想像がつかなかった。

 少し逡巡しゅんじゅんしたあと、呼び鈴を押すとパタパタと音がして清正の母・静恵しずえが現れた。

 「まあ、お友達と一緒だったのね。女の子ばっかり3人。あなたが女の子と連れてくるなんて珍しいわね。」

 (想像以上の反応ありがとう…。)

 「コスプレ勇者」にも反応を示さない静恵に拍子抜けする気持ちと安どする気持ちで清正は胸をなでおろした。

 だが、ベネッサは静恵を見た途端に顔が真っ青になった。


 そして、叫んだ。

 「ま、魔王!!」

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