第10話「ドラゴンの涙」

「断る」

「どうしても駄目か?」

 酒宴の翌日、一回断られたカイサルは、アイラに再びドラゴン討伐の要請をしに酒場へ来た。

「動くのは王国軍なんだろ? あたしは関係ない」

「……ドラゴンの涙があるとしてもか?」

「!!」

 ドラゴンの涙と聞いて、思わず立ち上がる。

「ドラゴンの涙だって!?」

「ああ。呪いを解くための唯一のアイテムなんだろ?」

 ドラゴンの涙にはあらゆる病を癒やす効力があると言われている。伝承や伝説によると呪術の類、つまり呪いをも解くことができるとされ、ドラゴン討伐で得られるものの中で最も珍しく最も貴重なアイテムである。ただしため、どういう物なのか、どうすれば手に入るのかも分からない謎の多いアイテムとしても有名である。あまりに伝説級なせいで、作り話なのではないか? とまで言われている。

「……どうやって手に入れた?」

「いや、正確には手に入れたわけじゃない。ドラゴンの涙を上層部が研究しているんだ。その成果報告がつい先日発表されて、どんなアイテムなのか。どうやって手に入れるのかを特定したと」

 まだ手に入れたわけではない。だがその話が本当であるのならば、こんな美味しい話はない。アイラはずっとドラゴンの涙を求めていた。それこそ喉から手が出るほどに。忌々しい呪いを解くために。

「……あたしはただその誘いを受ければいいのか?」

「ああ。それとあと一つだけ頼みがある」

「ドラゴン討伐のことじゃなくてか?」

「これは俺個人の頼みだ」

「まさか、報酬を山分けしてくれって言うんじゃないだろうね?」

「似たようなものさ。ドラゴンの涙を手に入れたら、俺にも使わせてほしい」

「……一応、話を聞かせてもらおうかな」

「俺にはサーヤという妹がいるんだ。生まれつき目が見えず、まだ10歳なのに余命幾許もない……」

「なるほどね、それで涙を使って治したいってこと」

「俺は妹のためなら身命を賭す覚悟はある。妹のためならなんでもやってやる。だから……!」

「悪いけど無理だね」

「っ!!」

 断られることを承知で頼んだのだろう。悔しさに必死に堪えている。

無理だよ」

「えっ?」

「涙は天命まで変える力は持ってない。あれは癒やしの力だから、目が見えるようにはなっても寿命を延長したりは出来ない」

「そう……か、そういうことか……」

 断られた時よりも更に意気消沈となる。

「だけど、唯一の救いならある」

「本当か!?」

「ただ、それは本人が望まなければ無理だ。それに、天命に逆らうことになる」

「どういうことだ?」

「ドラゴンの生き血を飲めば不老不死となれる。だがそれはあたしと同類になるようなものだよ。万物の呪いは理から外れた存在だけど、生き血の力は人の道から外れる。下手をすれば人でなくなる」

「そんな……」

「あんたはさっき身命を賭すと言ったけど、あんたの命なんかどうだっていいんだよ。生き血を受け入れるのは妹だ。妹はそこまでして、人の道から外れ天命に逆らってまで生きたいと願うのか? あたしに個人的な頼みをするってことは妹にもまだ話してないんだろ? じっくり相談するんだね」

 言い終えて酒を飲むアイラに、カイサルは悲しみと怒りを押し殺した表情かおで項垂れる。

「俺は自分が恥ずかしい……。何も知らなかった」

「無知は罪と言うけれど、知らないことは恥ずかしいことじゃないよ。とりあえずあたしはあんたらの口車に乗ってあげる」

「本当か!」

「ドラゴンの涙を手に入れるためなら、利用出来るものは何だって利用するさ」

「さすがドラゴンスレイヤーだな。俺の妹のことは今は忘れて構わない。とりあえず騎士長へ手紙を飛ばすから、その後で王都へ向かおう」

「アモルも一緒でいい?」

「ああ、構わない。アイラの相棒か従者として来てもらう」

「はいよ」

 カイサルは騎士長とやらに手紙を飛ばすために酒場を出る。

「アイラちゃん、王国へ行っちゃうの?」

 コップを拭きながらマスターが寂しそうに訊ねる。

「うん。本当に涙が手に入るなら、千載一遇の機会だからね」

「そう……。寂しくなるわ」

「大丈夫だよ、すぐに終わらせてまた戻るから」

「本当?」

「呪われて根無し草のように彷徨ってたあたしを人間として接してくれた。マスターの酒場はあたしにとっては家なんだよ。だからまたここに帰ってくるさ」

「アイラちゃん……」

 感涙を浮かべるマスターは例のジョッキにビールをなみなみに注いで渡す。

「あたしからの餞別よ」

「また、乾杯しに来るよ」

 これからどんな困難や危機が待ち受けていようとも、一筋の光へ向かい歩み続ける。アイラはそう誓ってビールを飲み干した。

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