第9話「騎士長」

 蝋燭の明かりが一つあるだけの、とある薄暗い石造りの部屋で、娼婦と王国の騎士長が夜の情事を楽しんでいた。

「騎士さまぁ」

 甘い香りと甘い言葉で、雰囲気を作り上げ、盛り上げる。

「フフフ、お前も好きだな」

 愉しみの最中に、ノックの音が入る。

「誰だ」

「伝令です。至急、お伝えせよとの事です」

「至急……? 入れ」

「はっ、失礼します」

「読み上げろ」

 騎士長が行為を続ける中、伝令が読み上げる。

「“我、DS発見せり。明朝に帰還する”。以上です」

「ほう……」

 行為を早めに切り上げると、そのままの格好で伝令を受け取る。

「ようやくか。どうだ、貴様も」

「はっ?」

「まだ時間が余っててな、貴様も抱いて行くといい」

「しかし……」

「英雄色を好むと言うだろう、色を知らねば出世も遠いぞ。今回は特別に俺の奢りだ、愉しめ」

 そう言い残し、騎士長は部屋を出る。

「フフ、いいわよ、おいで」

「……!」

 その夜、新たな絶倫伝説が生まれたとかなんとか。

 翌、明朝にカイサルは騎士長を訪れた。

「おはようございます、騎士長」

「おお、カイサルか。待ち侘びたぞ」

「夜のお邪魔はしてはいけないと思いましてね」

「フン、心得てるな」

 騎士長の色好きは有名で、邪魔をされるのが大嫌いというのも周知のこと。なのでカイサルはあえて火急の伝令を使い、成果のみを伝えた。

「それで? そいつは使えそうか?」

「ええ、なかなかですよ。実力を推し量る技量もありました」

「勝ったか?」

「3割で五分ごぶでした」

「そいつは?」

「そうですね、未知数ですが、騎士長に並ぶ逸材かと」

 カイサルにここまで言わせるとはな、アイラと言ったか。使えそうだな。

「よし、いいだろう。正式に招聘しょうへいしろ。予算からいくら使っても構わん」

「分かりました。断ってきた場合は?」

「どんな手を使っても首を立てに振らせろ。兵士共も溜まっておる」

 イエスと言うまで、性欲の捌け口として使う。相変わらず酷い趣味だ。

「ドラゴン討伐は国の一大事業だ。なんとしても成功させねばならない。カイサル、貴様も力を貸せ、褒賞は弾ませる」

「そんなもの無くても行きますよ」

「フッ、期待しているぞ。アイラにも、お前にもな」

「はい、失礼します」

 騎士長の執務室を出ると、足早に宿へと向かう。途中、尾行らしき影に気付いたが、あえてそのままにしておいた。下手に撒くと厄介なことにやりかねない。

「俺だ」

 ノックしてから言うと、しばらくして部屋のドアが開く。

「早かったな」

「察しのいい人でね、二、三やり取りすれば伝わるよ」

「どうだった?」

「予想通り、正式に招聘がかかることになったよ、アイラ」

 騎士長には報せずに、アイラとアモルを既にここへ呼んであった。

 王国の中で最上級の宿であり、プライバシーや機密が守られる、後ろめたい奴ら御用達の宿である。

「それで? 手筈てはず通りでいいの?」

 アイラは窓の外を伺いながら訊く。

「ああ。問題はないよ」

「しかし、ダモセルがこんなことするなんて、騎士長も夢にも思わないだろうな」

 ニヤニヤしながら、楽しそうにアモルが言う。

「俺には時間が無い。仮に討伐したとして、ドラゴンは全て王国のものだ。俺らは触れることすら叶わない。こうするしかないだろ」

「騎士長は強いのか?」

「ああ、あれは強い。最年少で騎士長になった実力は伊達じゃない。アイラとやり合った雑感は伝えたが、眉一つ動かしてなかったよ」

「へぇ」

 面白い。アイラは久しぶりにそう思った。呪いの力を得て以来、淡々と訓練と戦いの日々だった。イクスバーンですら、今では歯ごたえがない。それがまさか、人間相手に本気を出せるかも知れないなんて、心が踊る。

「騎士長か、面白くなってきた」

 ダモセルを尾行してきた密偵だろうか、外でコソコソと動く怪しい男を、見逃さなかった。

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