第8話「ダモセル」

 翌日、アイラが酒場に来るとマスターが事情を説明した。

「あたしを?」

「ええ、そうなの。見物しにきたとか、ふざけた奴だったわ」

「マスター、そいつは銀髪に紺碧の瞳で長身だったんだな?」

 一緒にいたアモルがマスターに訊ねる。

「ええ、そうよ」

「間違いない、ダモセルの次男坊だ」

「ダモセル?」

「ダモセルっていうのはね、先祖が王国初代兵長、初代騎士長、特別剣術顧問、剣術師範なんかをやったすごい人よ。ダモセル剣術と言えば、王国で知らない者はいないぐらい」

 ピンと来ないアイラにマスターが剣を振る真似をしながら説明する。

「今代々剣術を受け継いで、今では兵士に指導するのが主な仕事らしい。次男坊とはいえ、ダモセルが兵士になんて、にわかには信じ難いが……」

 説明を聞いていたアイラは、なにか引っかかるものがあった。

「なにか見落としている気がする」

「説明が足りないか?」

「いや、そうじゃない。2人の説明はとても助かったよ。ただ、なにかが引っかかる」

 確信は持てない。しかし違和感のようなそれは、確かに感じる。

「分かった、なにか気付いた事があれば言ってくれ。それよりも……」

 アモルは酒場の入口をじーっと見つめる。

「いつになったらダモセルの野郎は来るんだ?」

 そろそろ昼も過ぎようかという、その時だった。

「アイラー!!」

 村人が3人、酒場へ転がり込むようにして入ってきた。

「奴だ! 来やがった!」

 アイラが酒場の外へ出ると、そこには昨日の男が立っていた。

「貴様がアイラか?」

「ああ。あんたがダモセルか?」

「いかにも」

「昨日は面白い事してたみたいじゃない」

「フッ、ほんの余興さ」

 瞬きの間にアイラの背後へ移動し、不敵な笑み浮かべる。

「へぇ、やるね」

 それを見たアモルは冷や汗を流しながらマスターに耳打ちする。

「マスター、見えたか?」

「辛うじてね」

――マジかよ。

 あの動きが見えるなんて……。謎だらけのマスターがさらに謎めいて見える。

「それで? どうしたいわけ?」

「ちょっと、遊んでくれよ」

 一拍の間を置いて、戦闘が始まった。

 ダモセルが居合いのように抜き放った斬撃をアイラは紙一重でかわす。ダモセルはそのまま剣を切り返して首筋を狙うが、アイラはその動きを読んでいたかのように最小限の動きだけで躱した。その動きの流れでアイラはダモセルのほんの僅かな隙を狙い足払いをかける。それを大きく跳んで避けたダモセルは落下の勢いに体重を乗せて剣を振り下ろした。だがそれもアイラは紙一重で避けたため剣は空を切り地面を砕いた。

「……フフフ。全く、大した女だ」

 2秒ほどの攻防を終えてダモセルは愉快とばかりに笑う。

「本気じゃないくせに、よく言うよ」

「驚いたな、そこまで見抜かれていたか。それに、村人が傷つけられたというのに冷静なまま。貴様は何者だ?」

「ドラゴンを殺した女」

 あっさりと言うアイラに、男は目を丸くする。

「そうか。やはり、貴女がドラゴンスレイヤーのアイラか……」

 そう言うと剣を鞘に収めてつくばう。先程までとは打って変わって紳士かつ礼を知っている貴族のような立ち居振る舞いである。

「流石です。申し遅れました、私はダモセル家の次男でカイサルと申します。数々の非礼をお詫び申し上げる」

「はぁ……。カイサル、お前も物好きだな」

 アイラはようやく腑に落ちた様子で呆れる。

「どういうことだ?」

 アモルとマスターは、なにがなにやら分からないといった様子で、アイラからの解説待ち状態だった。

 戦闘が終わるとカイサルは首を刺した男へ土下座して謝罪をした。男も酒に酔って兵士を侮辱してしまったことを謝り、示談となった。男はカイサルから見舞金として結構な額を貰い、刺されて良かったなどと笑っていた。

 その後はアイラの勝利を祝い、酒場でまた酒宴が始まった。何かにつけて飲みたいだけではないだろうかと、アイラは半ば呆れ気味に付き合う。

「兵士じゃない?」

 マスターは理解したようだがアモルは未だにクエスチョンマークが頭に浮かぶ。

「兵士が単身でなんの用もなくこんな田舎に訪れるわけないだろ? それこそ身勝手な行動で処罰されるんじゃない?」

 確かに、言われてみればそうだ。王国の兵士は言わば軍。規律は厳しい。カイサルのようにフラッと遊びに来れる立場じゃない。来れるとしたら、余程のお偉いさんぐらいだ。

「じゃあ、その短剣は?」

 アモルが訊くとカイサルが短剣を見せながら、「これは俺の私物です。支給品のくせに質がいいんですよ。だから買い取ったんです」と説明する。

「じゃあなにか? アイラの実力を測る為に、わざわざ芝居打ったってわけか?」

「ええ、まあ……。そういう事です」

 こういうことに慣れていないのか少し恥ずかしそうに頭を掻く。

「だから言ったろ? 物好きだなって」

 そういう問題なのか……。アモルはツッコみたい気持ちを抑えた。

「でも、あたしより強い奴いるだろうに、なんでわざわざ?」

「それが本題です」

 カイサルが真剣な面持ちで頭を下げる。

「どうか、我々と共にドラゴン討伐に行っていただきたい」

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