第7話「招かれざる客」

 それから村はしばらくアイラの話題で持ちきりだった。

「アイラに乾杯ー!」

 村の酒場では、夜通し宴会が開かれていた。

「すげぇよなぁ、ワイバーンを一人で倒しちまうなんてよ!」

「ああ! ワイバーンなんて兵士数人がかりでやっとだって話だろ? 兵士も大したことねぇよな、給料泥棒じゃねぇの?」

 アイラが規格外なだけなのだが、ワイバーンの脅威を知らない村人は冗談を飛ばして笑い合う。

 アモルが混乱を避けるため、あえてワイバーンと伝えたらしく、誰もイクスバーンの事は知らなかった。

 皆が楽しんで飲んでいたその時、招かれざる客がやって来た。

「兵士なんざ目じゃねえよな!?」

 その男は、ガッハッハッと豪快に笑う村人の背後に立つと声をかける。

「おい」

「なんだぁ?」

 振り向こうとした村人の首に、短剣が突き刺さった。

「ゴフッ! ……な、んだこれぇ!」

 村人の血が短剣を伝い床に落ちる。

「その耳障りな口を塞いだだけだ」

 冷徹に言い放つその男は、周りを見渡す。

 銀の髪に冷たい紺碧の瞳。180はある長身に鍛え抜かれた肉体。誰が見ても一目で只者ではないと分かる。

「話に聞く主役がいないな。アイラとか言ったか?」

「アイラちゃんになんの用?」

 普段は明るいキャラのマスターが、ドスの効いた殺気立つ声を放つ。

「なに、話に聞いたその実力を見ようと見物に来たんだが、いないようだな」

「アイラちゃんは夜はいない。朝には来る」

「そうか、では出直すとしよう。……ああ、この男の急所は外してある。適切な処置を施せば命に別状は無い」

「センドック!」

 マスターが叫ぶと医者らしき男がすでに処置を始めていた。

「言われなくてももうやってるよ! 酒の席にまで仕事を持ち込むんじゃねぇ! それとそこの若ぇの。お前だよ」

――いつの間に?

 呼ばれて気づく。男は気配を感じなかった医者に驚く。

「お前さん兵士だろ」

 テキパキと処置をしながら話す。

「どうしてそう思う?」

「王国支給の剣なんぞ兵士しか持たん」

 刺さった剣を抜きながら、王国の紋章を確認する。

「兵士だからってやっていい事と悪い事があるだろ、あ?」

 短剣を綺麗に引き抜き、止血し、あっという間に縫合を終える。

「もう大丈夫だ。しばらくは絶対安静にしろ。飯も無理だから点滴生活だが、嫌な上司には合わずに済む」

 片付けをして、仕事を終える。

「お前さんも兵士なら、医者は敵に回さんほうがいいぞ」

 歳を感じさせない鋭い眼光で睨む。

「そうだな、肝に銘じるとしよう」

 男が去ると一気に緊張感が解けて、全員がぐったりする。

「なんなんだあの野郎!」

「兵士だかなんだか知らねぇが、ふざけた野郎だ!」

「痛むか? 大丈夫か?」

 口々に傷の心配や客の不満を言い合う。

「大丈夫に決まってるだろ、俺が処置したんだ」

「ありがとね、センドック先生」

 マスターがお礼にと、酒をビッググラス――アイラに出したのと同じもの――で出す。

「おいおい、こんなに飲めねぇよ」

「残ったら頂くわ」

「やっぱ残さねぇ」

 一気に半分ほど呷る。

「くぅ〜っ! 仕事の後の一杯はたまらねぇな!」

「今日の分は弾んでおくわ、助かった」

「気にするな、助け合いといこうや」

「あたしも一発殴りたかったんだけどねぇ、皆もいるし、それに兵士を殴ったら廃業だから」

 例え一兵卒であろうと兵士を殴れば最悪、反逆と見做され死罪となる。そうでなくても職を追われたり家を追われたりなどで人生が終わるのがほとんどである。一時の感情任せに殴れば一生後悔することになる。例え目の前で理不尽が起きようとも……。

「あれはアイラと戦うまで居座るぞ」

「アイラちゃんには話しておくわ。できれば、穏便に済めばいいんだけど……」

 言葉とは裏腹に、そうはならないという予感があった。

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